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ごはんを食べよう国民運動推進協議会主催

「次世代へ引き継ごう豊かな農山漁村」

とき 平成23年11月4日
ところ 東京ファッションタウンビル(TFTビル)(東京都江東区)

ダニエル カール氏 タレント、翻訳家、実業家、山形弁研究家

ダニエル カール 氏
タレント、翻訳家、実業家、山形弁研究家

日本で生活して

 どうも、皆さんこんにちは。山形弁研究家のダニエル・カールでございます。カリフォルニア生まれ、山形育ちのダニエル・カールです。日本の農村、漁村どうやって守るか、これはもう皆さん私よりはるかに長年勉強なさってて、やっぱりその経済的な面とか、そういう政策的な面とかいろいろ勉強なさってると思うんだが、きょうはですね、私がこれから話するんだけんども、ちょっと違う角度で取り上げてみてえと思います。やっぱり長年日本に住んでいる一人の外国人として、いろいろ見聞きして思ったこと、日本の農村、日本の漁村、これからどう守るか。それから、もちろん日本の食文化どう守るかという、簡単な案を後ほどちょっと申し上げたいと思いますけんども。

 まず最初はですね、ちょっと履歴的な、自己紹介的な話なんでけれども、私が普通のそこら辺の外国人と全然違う生い立ちを持ってるんですね。大体、日本に今住んでいる外国人、いわば在日外国人、ほとんどの場合は大都会文化に溶け込んでいて、東京か大阪か名古屋か仙台かっていえば、大都会に住みながら英語の先生みてえな仕事をやったりとかして、そんで知らんから農村に行ったりとか、観光者みたいな形で行っちゃうわけなんですよね。おらは御存じの方多いかもしんねえけれども、合わして31年間もこちら日本に住んでんですよ。何で31年も長くなってっかといったら、それは日本が好きだから長くなったんだ。何が好きかって言ったら、これは山ほど理由があるんですけれども、やっぱり一番大きかったのが、やっぱり最初からずっと地方ばっかり住んでたんだと思うんですね。初めてきたのが高校生のうちだ。高校2年生の年、17歳になる寸前、17歳の誕生日の3日前ですけれども、奈良県のほうに行きました。奈良県の五條市っていう四、五万人ぐらいのところの町なんですけれども、あそこはえがったと思いますよ。第一位、留学先としては最高なところだったんですね。四、五万人ぐらいの町なんですから、何も不便は感じてなかったけれども、ただ住んでるうちの周りが全部田んぼと畑だらけでしたね。そんで、毎日そこから自転車に乗って智弁学園高等学校に通ってたんですよね。やっぱり、その自転車で毎日この田園風景を通って、満喫して行ったわけなんですよね。ですから、そういう何て言うか、第一位の印象が言うまでもなくそれですよね、見た目。日本の農村とか、これはやっぱり美しい、カリフォルニアじゃ見れねえもの。カリフォルニアも米どころだけれども、日本の風景とはやっぱり全然違うな。あそこは昔からやっぱり大量生産でしょ、田んぼが見渡す限りにだあっとあって、萱葺き屋根は一つもねえんですよね。もちろんそこに住みながら、毎日和食ばっかり食ってた。食べず嫌いは留学生にはだめだっとか言われましたので、もう何でもかんでもとにかく7回試してごらんとか言われたんです。何で7回なのかわからないですけれども、一応7回が正解だったみたいですよ。どんなもの食べてても、7回食べれば大体好きになったんです。例えば、個人的におらは初めて豆腐食べたときは、嫌で嫌でしようがなかったですよね。だって、見たときも何なのかよくわからなかったですよね。今は豆腐は結構世界的にもはやってんだけんども、アメリカの田舎のスーパーまでも豆腐が売られてる、やっぱり健康にいいんだってことでみんな食べれるようになってんだけども、おらが来た30、実際に来たのは34年前なんですけども、あの豆腐は日本以外のところではほとんど知られてねえと思うんですよね。まずこれが食い物なのかどうかわからなかったですよね。もうおらの目から言うと、これが大理石の破片みたいなもんだったんですよね。だから、白くしてるんだなとか思った。「食い物や」とか言われたんですが、「ええ、食い物ですか」とか、「何て言うんですかね」、「豆腐や」と。「豆腐。聞いたことねえな、これ何でできてるんですか」って聞いたら、「当たり前やないか、大豆でできてるんやないか」とか言われたんです。大豆、どこが大豆なんだよこれはとか。色が違うし、形が違うし、何か食べてみたら歯ごたえが全然違うんですよね。ちょっと最初に一口、べろの上に、まず最初はにおいをかいだんですよね。怪しいものだなと思って、においをかいでて、おかしかったのは何もにおいがしないと思ったんですよね。でもやなにおいじゃないんだから、最初口に入れてみたんだ。べろの上に置いたら何も味がしないっていう、何だこりゃと思ったもん。ほんで1回かんでみたら、何にも歯ごたえがない。食い物かこれって、これだけはだめだなと思ってました。でも、やっぱり留学生の一番ボスに言われた、7回とにかく試してごらんって言われたら、まあ1回目は嫌でも2回目はまた嫌で嫌で食べたんだ。3回目は嫌は少なくなったけれどもまだ好物じゃねえんだわ、・・・で食べるもんじゃねえと、我慢して食べるもんだと。4回目ぐらいからはね、だんだん・・・ちょっと腹減ったときにこれ食べてみたら、仕方ねえな、好きじゃねえんだけれども一応これでおなかがちょっといっぱいになるだろうと思っててな。だからコンニャクみてえなもんだから、何にも食う意味がねえんだけんども、一応おなかがいっぱいになるとかそういう、何か4回目ぐらいからなった。で、5回目からは考えずにがっと。6回目になったら、おお、また出たなというか、そんな嫌では全くなくて、7回目ぐらいからやっぱり何かね好んで食うようになっちゃったんだよ。やっぱり7回は食べたらいいんですよ。何でもかんでもそうだったんですよね、最初来たときは。和食の特徴が、そのままで材料乗せるんじゃないんですよね。アメリカ料理と比べればわかりやすいですよ。アメリカ料理は全部一目瞭然なんですよ。シンプルイズベスト主義なんですよ。どんな材料とってっても、余り工夫しないで、もう皮もとらないで、そのまま火を通して皿の上にばんとか乗っけてるんですよ。和食は全然違うんだよね。外国人が何これって思うものいっぱいあるんですよ。考えてみれば、一般的に食べられてるおかずは何か工夫が入ってるわけなんですわね。

 もう一つたまげたのは、やっぱりコンニャク。あれ初めて見たのは玉コンだった。皿の上に玉コンがいっぱい乗っかってるんですよ。何か随分変わった果物だなと思ったですよね。ところてんもやっぱりね、最初でき上がったときは四角いんだよね。豆腐みたいな形してんだけんども海藻でできてるんだからと思ったら、ゼラチンみたいな感じだから、半透明のグレー色のものなんですよね。それだけだったら豆腐の一種かなとか最初思うわけなんだけれども、その後が何か水鉄砲みたいなものの中に入れてしゃあっと押すわけなんだ。それが長細く出てきて、めんみたいなもん。あの形といい、あの色といい、初めて見たときは絶対これミミズだと思ってましたね。ええっとかいうそういう感覚なんでしたね。

 一番食べられなかったのが、その中でもかまぼこだったと思うんだ。初めて出されたときはもう見たこともねえ、食べたこともねえもんでしたからね、ええっと思いましたね。特に、初めて食べたときおかしかったんですよ。奈良県に留学して、ホームステイしてんだ。お母さんがまず御飯出すんだよね。普通の茶わんで出さないんだよ、おらの分は。どんぶりで出すわけなんですよ。おかずとか幾つかあったんだけんども、この日のおかずが一番最後のおかずがかまぼこだったんですね。ほかの皆さんのためにそれちゃんと切って、お皿の上に乗っけて、薬味をつけてばんと出してたんだけんども、小皿に乗せるとか時間がもったいないとお母さんが思っていたらしく、だから来て直接におらの御飯の上にただ、しれっとこれ乗せるわけなんですよ。それを見てて、おら不思議でしょうがなかったんだよね。何でお母さんが今おらの白い御飯の上に消しゴムを置くのか。ほんで怪しいなと思いながら、ちょっとかんでみたんだけんども、歯ごたえこそこれもまた消しゴムみたいなものじゃないですか。消しゴムだおかしいんだなと思って、「お母さんこれ何なんですか」って聞いたらそれが「かまぼこや」と言われた。かまぼこ、はあわかんねえと、「何でできてんの」って、「魚や、当たり前やないか」ってまた言われて、魚ですかこれ、こんな歯ごたえなんかおかしいじゃないかとか思ってたんですよね。すっげえ不思議な食べ物だなとばっかり思ってたんですよ。今はもう本当におかげさまでグルメレポーターまでもやらせていただいとるわけなんですよ。一般の日本の方々も食ったことねえものまでもわかってんだよ。この仕事のおかげさまで、食文化、いろいろ勉強させていただいてるんですよ。

多様な日本の食文化

 皆さんも多分全国あちこち擦った揉んだ回ってると思うんですけれども、日本の食文化と基本的なところを幾つか僕なりに御紹介しますと、長細い国だからこそ食文化の基本がかなりバラエティーが豊富だと私は思いますね。この日本の食文化のバラエティーというのが魅力だと私が思ってるんです。例えば簡単に言うと、味つけが、御存じのように、大体この線より上へは基本的には味つけがしょっぺえ、塩辛いなんだよね。だから山形とか東北、北海道もそうですけれども、大体東京のちょっと北のところぐらいまではかなりしょっぺえんですよね。皆さんそういう味覚になってるわけなんです。そっから真ん中あたりまでですかね、このあたりが薄味になりますね。北の方がやっぱりどっちかというったらみそ、しょうゆ、塩味がやっぱりどうしても強いんだけれども、この辺はやっぱりどっちかというと昆布系とか煮干し系とかになるわけなんですよ。いかにうまみが引っ張り出せるかっていうのが、そのいろいろ工夫してつゆをつくったりとかするんですよね。薄味とか、しょっぱ味っていうか、この基本的なところがあるわけなんですよ。私は兵庫のほうに暮らしたことあるんですよね。私は学生の時代は奈良に住んで、大阪にもちっと住んで、それで京都にもしばらく住んでた。その後は佐渡島のほうに半年流されまして、伝統芸能ちょっといろいろ研究したんですけんども、それから山形さ来たわけ。こっちのほうの食文化私がなれてまして、どっちも大好きなんです。ただ不思議なところに、私がそれぞれの地方の友達を違う食文化紹介したときに日本人の方だけびっくりするんですよね。例えば、初めて関西の友達を山形紹介したときにですね、ちょっと真冬でいろいろなべとか食べたりとか、ラーメン食べたいとかいろいろ食べたんですけんども、みんな何度も言うんですよ、「しょっぱくて、食えねえや」と。だからいつも関西でばりばり「何やこらあ」とか言ったりするんですよね。おもしろいんだけんども、関西の人の味覚とこっちのほうの味覚こんなに違うんか、文句言うぐらいなんだからね。逆に女房が山形の人、米沢の人なんですけんども、こっちのほうの味覚になれてんだ。初めて彼女連れて関西さ行ったときも、やっぱり彼女もびっくりしました。いつも何かね、女房の顔ぱっとしねえんだよね、食ってるとき。どうしたのとか聞いたら、あれ・・・味だね。足りねえんだよ、しょうゆ足したくなるんだとか言ったりするわけなんですよ。いわゆるつゆなんか水みたいなものだとか言ってるわけなんですよ、だから全然うまみがわからないんだけど、何かしょっぱ気がないとやっぱりあんまり食った気がしないとかそういうような話になったんだ。同じ日本人の中でもこんな差があるんだなとか思ったわけなんです。

 でももっとびっくりしたのが、もちろん西のほうなんですよ。西に行けば行くほど、やっぱりだんだん根本的な味つけが甘くなるわけなんです。九州出身の人がもしいらっしゃればわかると思うんだけんども、これはおらでもびっくりしたんだ。20年ぐらい前かな、初めて宮崎県のほうに取材しに行ったんだ。昼飯はドライブインみたいなところで済まそうとしたら、献立を見ながら何にしようかなと決めようとしたんだ。その日私ちょっとぴりっと辛いものが食いてえなっていう口してたんだよね。どうしようかなって悩んでるところにぱっと見て、カレーライスがあった。ほんで出てきたのがおいしそうなカレーでしたわ。色がすんばらしい、香りがいいんだなと思ってて、ほんでいただきますと喜んでそのルーを口の中に入れたら何かぷええっとなっちゃったんですよ。甘くてしょうがなかったんですよ、はあと思ってて、これは大変だと思いました。コックさんが恐らく何かと間違えて砂糖を入れてるんだよこれはと思って、わあこれはほかのお客さんに出す前におら言ってあげねえといかんなと思って。でもみんなの前でそれを言うのがちょっと恥ずかしがるだろうかなと思ってて、それでおら忍んで調理場に行きました。で「コックさん、カレーのルーなんだけれどね、何かよくわかんねえけど砂糖がいっぱい入ってるみてえんだよ」って言ったら、彼が「そうだよ」と。「はあ、そうだよって、え、わざと砂糖入れたんですか」って聞いたら、「そうだよ」とか言うんですよ。「砂糖、何で」って聞いたら、「いや、それがこの辺の宮崎風のカレーなんだよ」とか、こう言われたんだよ。「ええ、どういうこと」って説明聞いたら、彼がその近辺では20年間ぐらいこの店やってんだけども、何遍も地元の方々のために試食会を開いてるんですよ。皆さんの御意見を聞いて、一番皆さんにとってカレーらしい味はこれだって決めたわけなんです。だから、彼にとってこれは自信作だったんですよね。世の中に甘い味つけがこの同じ日本の中にあるんだなと僕は思ったんですよ。

 もっとたまげたのが鹿児島のほうの屋久島。縄文杉を取材しに行ったときに、一泊は山の上でキャンプせねばならなかったけれども、翌日は民宿でおりたら泊まったんですね。またその辺の屋久島ならではのごちそうが待ってたんだけども、珍しい魚の刺身もあったんだ。おかみさん、これいただきますとか言ってて、ワサビじょうゆをつけててそれをまた口に入れたらまたぷええっとなっちゃったんですよ。何と、その屋久島のしょうゆが甘いんです。びっくりしました。「お母さん何なんですこれは」って聞いたら、「そうなんですよ、お客さんみんなびっくりするんだ。でも、屋久島のしょうゆが甘いんです。でも、おかげさまでこれが今ヒット商品になってますよ」とか言われたね。「何で」とか聞いたら、それは、やっぱりうちに持って帰ったら話題になるから、みんなやっぱりこんなしょうゆが世の中にあるよとか言って紹介してるわけなんだよ。へえっと思ったんだ。「ヒット商品ですか。でもおかみさん、こういうのは東京とか大阪に持って帰ってもそのまんましょうゆじゃ足りねえだろう、皆何に使ってるのこれ」とか聞いたら、「そうだべ、アイスコーヒーのシロップがわりに使ってるらしいんですよ」とか言われたんです。はあとか思って。それほど甘いものなんですよ。

 でも一番何にびっくりしたかといったら、日本という国の全国の面積と、おらの出身地のカリフォルニア州の面積がほぼ一緒なんですよ。でも、カリフォルニアが全然味覚が変わらないんですよ、どこへ行ってても。歴史が短いところだから、州になってからまだ160、ことしで2年目か、となってるわけなんですが、あんまり時間がねえから新しい味覚が生まれてくる、そういう暇がないわけなんですよね。だから、北部へ行ってても南部に行っても味が一緒。海沿い行ってても、内陸行っててもやっぱり一緒、砂漠でも森の中でも海沿いでも全部味は根本的には一緒なんだ。不思議だよな、日本は同じ面積なのにちょっと移動しただけで、新幹線に乗っておりたらやっぱり違う食文化になっちゃうわけですよね。これこそやっぱりすごいなと思いました。日本のバラエティーの豊富さ、これが魅力なんですよね。こういうところをほんとはね、皆さんもっともっと知ってもらいたいんですよ、同じ国なのに、幾つかの食文化に分けられてるわけなんですよね。

 材料もそうですよ。またかなり豊富で、もうこれは中国料理でもフランス料理もすごいってみんな言うんだけれども、多分日本に負けると思いますよ。あんまりにも食材の数が多いわけです。また島国だから、海の幸もあって山の幸も両方ともあるわけなんだから本当に豊富ですよ。例えば海の幸で言うと、珍しいものでほかの国じゃ絶対食ってねえものもいっぱい食ってんだよね。とにかく自分より速く走れねえものなら何でも食うっていう、そういう食文化なんですよね。一番初めはあのリアス海岸、岩手、三陸、この辺の食文化もたくさんいろいろ珍しいもの食べてるんだけれども、一番たまげたのはやっぱりホヤ。ホヤはね、旬のときに食べたけどうめえものでしょ、ほろ苦みがあって珍味でね。この間被災地に行って、漁師さんにいろいろ届けたら、お返しにうちにちょっと来てくださいって言われたらホヤ食べさせられたんだ。久しぶりのホヤですごいおいしかったんですよ。僕は何でも食える外タレだから大丈夫だけれども、これはやっぱりまた食えねえ人が多いんですよ。おら大丈夫だけれども、一番皆さんがびっくりするのがその見た目ですかね。食べてるときはわからないんだけれども、取れ立てのホヤって皆さん見たことある。これは食い物には見えませんよ。だって生き物なのか植物なのかよくわからないようなものなんですよね。中身はきれいなオレンジ色だけれども、外がでこぼこしてて何だかよくわからねえよ。何か宇宙から来たものみてえだよね。

 もっと身近なものはナマコ。ナマコもまたね、スライスしてポン酢に入れてがあっと食べるあの歯ごたえは何とも言えねえ、うめえものだよね。あれ初めて食おうと思った男はよっぽどおなかすいてたと思いますよ。

 くさやもありますよ。魚とって、さばいて、内臓とってそれを天日干しにするんだよね。干したあとに同じ魚の内臓、発酵されたぐっちゃぐちゃな内臓の中にそれをつけ込むわけなんだ。でも物にもよるんだけれども、しばらくその中に入ったあとにそれをまた取り出してまた乾燥さして、それを切ってしちりんで焼いて食べるんですよ。食べる分は最高にいいんだけれども、ただ焼いてるときのあのにおい、名前は最高ですよね、くさやあとか言いますよね皆さんは。鼻を挟んでも、こういううまいもの日本で食べてるんだよね。これもディープな日本の食文化なんですよ。

 山の幸っていうか、陸の幸もそうだと思うんだ。本当に珍しいものいろいろ食べさせていただきました。陸の幸がすごいんですよ。イモリのくし焼き、これ結構うまいですよ。これ食ったら、くし焼きにしたら見た目がええっとか思うんだけど、食ったらチキンみたいな味なんですよ。また、その同じイモリを黒焼きにして食べると、また腎臓病が治るとかそういう漢方っぽいところもあるんですよ。あとスズメの姿焼きだとかいろんなもの食ったんだけど、ゲンゴロウの空揚げ。ぱりぱりして何食ってるんだかわからないんだけど、虫だか何だかわからないですよ。ハチの子、長野の山奥の奧ぐらい講演しに行きました。既にげてもの屋の番組とかによく出てたんだから、地元の人が多分喜んでたと思ってて、おらにおにぎりを出すわけなんだ。講演前ですけれどもおにぎりどうぞって言われたんです。そのおにぎりの中っていうか、おむすびの中にハチの子がいっぱい入ってたんですよね。どうぞって言われて、もぐもぐ食べながら「何かちょっと変わった歯ごたえだなこれは。すいません、これ何かのキノコですか」とか聞いたら、「いや、ハチの子だよ」と言われたとき、でええと思いましたね、でも、やっぱり私もちょっとショックだったんだけれども、味は悪くねえなとか思ってました。そのまま食い続けたんですよね。

 その中でも、王様となってんなのが恐らくイナゴのつくだ煮でしょう。イナゴのつくだ煮もまたね、昔内陸に住んでる人たちみんな食べてたんだけんども、最近はやっぱり珍味になってるんですよね。その辺の話もね、私実は個人的な話なんですけれども、義理のおとっつあん、もう亡くなりましたですけれども、おもしろい話してくださったんですよ、また日本の食文化について。米沢の人なんですわね。晩に実家でお父さんと酒飲んでたんだ。お母さんがつまみというのを持ってくるわけなんですけれども、お刺身を持ってきてくれたんですね。お父さんがそれを見てて、いつも何かこんな顔してるお父さんが、刺身を見たときにへええっていう感じ、すごいうれしそうにこれ見たんですよ。ほんで喜んでこの刺身食ってんです。私がそれを見てて、「ああ、お父さん本当に刺身が好きですよね」って言ったら、「うんだよ、だって私が若いころ刺身どころかって、おら海の魚食ってなかったんだよ」とか言ってんですよね。えっと思ったんだよ。「お父さん何、魚食ってなかったんですか」って「おお、私初めて海の魚口にしたなのが、うんだな、23、24のころかな」と、「何ておいしいものだと思ってました」とかお父さんが言うわけなんですよ。「ええちょっと待てよ、お父さん、日本の食文化の基本の一つが魚じゃねえですか」、そういう昔からああいうふうに言われてんだよ。でもお父さんが、「いや、海沿いに住んでる海人はそうかもしんねえんだけんども、内陸に住んでる人たちはそうじゃねえよ」って言われた。「じゃあ、お父さんは流通制度が悪くて、海の魚は米沢には入らなかったということですか」と言ったら、「うんだよ、だって盆地だし、雪が積もると半年以上その山渡れなかったんだよ昔は、トンネルもなかったし。夏になっててもやっぱり魚というのは貴重なもんだったんだ。ここまで皆貧乏だから、海の魚なんか買えるような状況じゃなかったんだよ、当時なんかすぐ腐っちゃうんだから、山を越えてくるんだから、せいぜい干物ぐらいしか食えなかったんだよ。干物だってお正月のときぐらいしか食えなかったんだよ」とか言われたんです。へえっと思ったんだ。戦後何年目ぐらいまでは魚はその地方には入らなかったということ初めて聞いたんだ。「でも、お父さん。たんぱく質っていうのが人間の健康維持するためにも必ず必要なもんだよね、たんぱく質は昔そうすると何食ってんたんですか」って聞いたら、お父さんが「まあ何だな、ウサギだな」とか言うんだよ。「おいおい、ウサギですか。ちょっとお父さん、それはいかんだろ。だって仏教の教えで、四本足の動物食べるのが禁止だ、ね。だから四本足の動物食っちゃいけねえってことじゃないですか」って言ったら、お父さんは「いや、ウサギは大丈夫だよ、あれは四本足の動物じゃねえんだよ、あれは鳥だよ」とか言うんですよ。おらはああっと、「これはどうしたんですか」、「いやいや、鳥だよ。だって数えるときは1羽2羽3羽って数えるんだ、鳥と一緒だよ。だからこれはいいんだ」とか言って、「でもお父さん、あれは四本足の動物だから本当はいけねえでしょ」とか言ったら、「いいや、四本足の動物じゃねえんだよ」とか言うんだ。「はあ」って言ったら、「そうだよ、だってこう立つんだもの。二本足の動物だから食ってええの」、こういうわけなんですよ。内陸の人たちの理屈はそうなってるわけですよ。「ええ、じゃお父さんはウサギばっかり食ってたんだ」、「いや、タヌキも食べてたよ」とか言って、「タヌキ」って言ったら、「そう、こう立つんだからええの」、「はああ」とか言って、「うん、クマも食べてた」「クマ」とか言って、「そう、こう立つんだから大丈夫だった」「じゃあ、お父さんは若いころはウサギとタヌキとクマばっかり食べてたわけですか」「いや、そういうわけではないんだ。あいつらはそれぞれ全部足が速いから、なかなか捕まえられねえわけなんだよ」「じゃあそれがめったに食べられなかったっていうことでしたら、一般的に毎日とってたたんぱく質は何なんだ」って聞いたら、「ううん、だな。多分イナゴだべな」と言ってた。「イナゴですか」って、いやイナゴはやっぱり子供でもとれるものなんですよ。夏になって田んぼの回りにイナゴがあちこちぴょんぴょん跳んでるんだから、みんなが必死にそれをとって、それで持って帰って何か保存食にしねばならないんだから、足とか羽とかとってつくだ煮にする。あとで長野で同じ話聞いてた、ハチの子もやっぱり似たような歴史なんですよ。内陸に住んでる人たちは、どっちもたんぱく質は困ってたんだから、こういうふうにしていろいろ工夫して食べてたわけです。こういうような話が、まだ日本の食文化にたっぷりあるわけなんですよ。山形、長野、愛知の山のほうもそういう話聞いてます。

 一番珍しい話が、宮城県のずっと山奥のほうの鬼首っていうところなんですけれども、小さな山村で山の村なんですが、そこは何と名物料理がサメ料理なんです。何でサメなのか、山奥のほうにサメが出るわけねえだろうと思ったんですね。また、流通制度とか経済面の話なんだけれども、昔気仙沼とか塩釜とか、そこら辺の漁港で水揚げた、網で揚げた魚の中にサメが必ず入ってたんですよね。サメっていうなのは、海沿いに住んでる人たちは絶対に食わねえんだ。まずいんだ。干して天日干しにするとね、もうアンモニアくさいんですよ。でもそれが、何て言うか山に住んでる人たちはわからねえわけなんですよ。昔行商さんが、かごの中にいろんな干物とか乗っけて、それで海のほうからだんだん内陸のほうに歩いて魚を売るわけなんですよ。海に割と近いところでは、やっぱり皆さん時折食べてるんだから、うまいものは先に買われるわけなんですよ。もっと山のほうさ入ると、もう残り物しか売れねえわけなんですよね。みんな大体サメばっかりは避けてたんだね、くさいから。でも一番最後にたどり着くなのがこの鬼首なんだ。毎回大体そうだったんですよ。だからこの山村の中では、もういわゆるそれ以外の干物は知らなかったわけなんですよ。持ってきてくれると皆さんが喜ぶわけなんだよ。それはもちろんそのまんま食べるとまずいから、いろいろ工夫して空揚げにしたりだとか、なべにしたりとか、いろいろくし焼きにしたりとかしてたわけなんだけれども、何となくうまい料理にしたわけなんですよ。だからいまだに、そのいわゆる鬼首のサメ料理というのがちょっと名物料理になってるわけなんです。うまくはないんだけど、でも何と言うかその地元の人たちにとっては、昔これが最高の料理だったかもしれないんだよね。いわゆるめでたい料理、結婚式だとかお正月のときに出す料理ぐらいのもんだったんだから、それほど好まれていたわけです。こういう話は、内陸のほうに行けば行くほどどんどんどんどん出てくるわけなんですよ。こういう食文化の歴史的な話は、食育というかそういうことも私が一生懸命、全国47都道府県講演してんだけんども、話しながら紹介するわけなんですよね。

自慢心

 僕はいつも話するときは、もちろんこれは御飯の文化、海の幸の文化、もちろん山菜の文化、果物の文化などなどいろんな話取り上げて話するわけなんですけれども、キーポイントがですね、日本の食文化をこれから守り続けるためには何が必要かっていいますとプライド。簡単に一言で言うと、もっとプライドを持たなければならないと。プライドは横文字だから、縦文字にすっと自慢心でしょ。自慢心、私の民族学的なこととかそういう食文化論とかそういうのを勉強するのが一応専門なんですけれども、一つおもしろいジレンマを3つ見つけました、日本の文化の中で。それがですね、この自慢心とか、特にお国自慢だとか、食文化自慢の心に対してですね、皆さんなかなか自慢しないんですよ。地元のおもしろい料理だとか、自分の地元の名物だとか、皆さんなかなか自慢しねえんですよ。私はいつも自慢してんだよね、山形のこと。全国どこ行ってても、でかい声でいつも言わせていただいてる。「山形はええとこだあ」とか、大っぴらに言わせていただいてるんですよ。ええとこ発見してるんだから、それを皆さんに聞かせたいんだよ。フルーツ王国の山形、サクランボから、6月からずっと12月の頭ぐらいまでは山形県内で必ず何かの果物が旬だ。だから空くところがねえわけなんですよ。本当に半年ぐらいに渡りまして、新鮮な果物が食えるんなんか、これ唯一自慢できるのが山形県なんですよ。だからフルーツ王国ですよそういうすんばらしいところなんですね、こういう自慢話ができるんです。

 各市町村に温泉の出るのが、これもまた山形ですよ。本当はね、もう一つ自慢してたなのが全国最高気温記録持ったのが2年前までは山形だったんですよ。残念ながら、群馬の前橋と岐阜県の多治見に0.1度で奪われました。残念だ。自慢ちゅうと、でも2番だからまだ自慢しやすいんですけどもね。とにかく自慢できるとこって山ほどあるんです。だから不思議なことに気がつきました。こういうふうにして、人の前で大っぴらに山形のことを大きな声で自慢してんなのが世の中おら一人しかいねえんだ。山形の人たちは、ちっとも山形の自慢話を大きな声でしねえんだよ。心の中では自慢してんだよ。ただ口にしねえんだ。褒めてもまだだめなんですよ。「山形ですか、いいところですよね。温泉たくさんありますし、行ってみたい、いいところですねえ」とか言われても、皆さん「いいえ、何もないところです」とこればっかりなんですよ。最初これ山形の県民性だから仕方ないなと思ってたんです。ちょっと引っ込み思案、自分の話あんまり人の前でしたがらないんだから、まあふるさとの話もあんまりしたがらないかなと最初そう思ったんですよ。

 気がついたもう一つなのが、やっぱりこういうお国自慢しないという特徴が、別に山形に限られてるものでも何でもねえようだ、大体全国的です。割と自慢自由にしてんなのが1カ所だけです、大阪です。大阪の皆さんはね、もう大体自慢ばっかしや。「大阪府、人がええよ」とか言ってたりするんですよ。それが全然違うみたいな、ギャグみたいに皆さん言ってるわけなんですけんども、大体大阪以外のところは、この自慢心という美徳がもう一つの美徳に負けてるようだ。言偏に兼ねるとかけまして、上杉謙信の謙の次にちょっと難しい字だ。おらにとっては難しい字だ。孫って書いたあとに、その周りに左ぎっちょの外国人にほとんど不可能だと思われてるしんにょうをちょっと入れて。これです、謙遜っていうまた日本のすんばらしい美徳があるんです。礼儀作法の基本の一つなんだから、もちろん守らねばならねえものなんだが、僕が言いたいなのが、謙遜がいいものでありながら、いつまでも使ってはいけねえものだろうと。幅広く使い過ぎると、何にも自慢ができなくなってしまう。おらが初めて日本に来たころ、30年前ぐらい。大体20年前ぐらいまではですね、この自慢心と謙遜っていう2つの美徳がうまく、バランスよく皆さんが使っていたわけなんですよ。だから、自慢は大きな声で自慢しないかもしんねえけれども、静かな声で自慢したりとかしたわけ。それが礼儀正しくこの謙遜っていうのは使ってたんだ。バブルがはじけてから、やっぱり経済的にもいろいろ大変になってきてんだけど、多分皆さん疲れてきてんだと思うんですよ。このバブルがはじけたあとも、日本の文化どれぐらい変わってるんだろうかって今いろいろ分析してる真最中なんですよ。大分変わってました。自信を失ってしまってるわけなんですよ、ほぼみんな。その自信を失うとき、ちょっと疲れてしまったときはですね、何か多分自然現象だと思うんですけれども、このバランスが崩れてしまったんですね。今はですね、ほとんど何も自慢しないで謙遜ばっかり言ってるようになってるんですよ。それが続ければ続けるほど、悪循環みたいなもので、どんどん文化が悪くなってしまうわけなんですよ。せっかくの自分の周りのよいものがたくさんあるのに、自慢しないから気がつかなくなってしまうんです。これは文化チェンジせねばならないぐらいのもんですよ。自慢はしてええぞっていうことを、みんなに一つ一つ教えようと今私がしてるわけなんですよ。何でもかんでも、大きな声でいつも自慢、自慢、自慢っていうかそういうものではないんですよ。静かな心で、静かな声で日本のせっかくのよいところにもっと力を持って、自信を持ってこういうふうに自慢せねば、やっぱりもともとの日本の文化の強いところがだんだん弱ってしまうのではないかと思うんですよね。何でこのバランスが崩れるかっていいますと、疲れるときは自慢が少なくなるなのが、やっぱりエネルギーが必要だから。何かを自慢するために、やっぱりまずいろいろ勉強せねばならない。謙遜ばっかり自動的になってしまう。このバランスが崩れてしまえば、どんどんどんどん雪だるま式になっちまうんだ。

 食文化もそうですけれども、ほかにも日本で自慢しやすいもの幾つか紹介するとわかりやすいかもしんねえな。例えば交通路、食文化とは関係ないけれども、これが例としてわかりやすいと思うんだ。日本の交通路は世界一のものなのに、だれも自慢しない。聞いたこと一度もないんですよ、30年間の中で。交通路がいいね、いいねって言えば、おらは思うんですよ、毎日利用してるから。北海道の日帰りとか、沖縄の日帰り、何度もやってんだよ。日帰りしたくないなのにしてんだよ。でも日本ではできることですよ。もう最初は全国どこへ行こうと思ってても、自分で運転しない人も行ける。こんなこと自慢できるなのが、世界でどこ探しても日本ぐらいなんですよ。こんなでかい国で、隅から隅までもう自由に行ける地なんか日本だけなんですよ。でもだれも自慢しない。

 一番自慢しやすいなのが電車。日本の電車は、全国あちこち走ってんだけども、どこへ行ってても1分単位で動いてることが、一番自慢しやすいところですよね。これ外国人みんなびっくりするんだよ、日本の電車は時間どおりに動くんだ。おらはアメリカだからね、あんまり電車乗ったことねえんですよ。ディズニーランドのおもちゃの電車しか乗ったことがない人間なんだけども、ヨーロッパ人は結構喜ぶんですよ、日本に来て。だって、時刻表を見て、その電車がちょうどその時間に来るっていうのがみんなびっくりすんだ。全然おくれが出ないんだよ、事故とか何かなどはない限りではね。もうすっげえなあって皆喜ぶんですよ。ヨーロッパの電車は、大体5分おくれ、10分おくれ、30分おくれ、1時間おくれっていうのが当たり前のことだけれども、こっちのは1分単位で動いてるわけなんですよ。それで皆「おお」とすっごいびっくりするわけなんですよ。インドへ行ってみな、インドの電車って丸2日間ぐらいおくれてる場合がありますからね。そういうような大変なときもあるわけなんですよね。でも皆さん自慢しないのね。不思議なんですよね。だから皆さんはあれですよね、お礼を言ったことないんですよね、車掌さんとか駅員さんに。「いつも1分単位で悪いな」って、ないよね。「いつも同じでありがとう」ってだれもお礼言わないんですよ。日本の人のよさ、そのすばらしさ、自慢してないから気がつかないんだけれど、お礼を言わないんだよ。ちっともお礼は言わないけれども、その反面はどうですか、5分おくれたらみんなすぐ文句言うんだよな。ついこの間もありましたよ、名古屋駅で。名古屋駅でビジネスマンが怒ったんですよ。九州のほうで台風があったんだ、電車が東京方面のほうに行くんだけれども、名古屋駅にその電車、その新幹線が入ってくるなのが5分おくれで入ってくるっていう連絡があったんですよ。そのとき大変なんですよね、若い駅員さんたちが修行の一つとして、走ってホームのほうに行って、グリーン車の周りに立っているお客さんの前まで行って、おわびを申し上げなければならないんですよ。若い人だけですけれどもね。だから、グリーン車に乗れそうなちょっと金持ちのお客さんの前で、何か決まり文句があるんですよ、「お急ぎのところに御迷惑をおかけしまして、申しわけございませんでした」とか、すごい言いにくいこと何か言ってるわけなんですよね。僕はそれを聞いてて、おっ、そうか5分か、でも大丈夫だよね。多少おくれたってね、台風ならしゃあないなと思ってたんだけども、おらの隣りに立ってるお客さんがもうかあっと頭に来て、何かその駅員さんにどなりつけてんですよ。「何い、5分おくれだって、君ね、こう見えてもおらビジネスマンなんだよ、ビジネスマン。ビジネスマンが5分おくれたらどうなるかわかるか、どうしてくれるのや、JRでも訴えてやるわ、このぼけえ」ってすんごい怒ってるんだよ駅員さんに。でね、別に若い駅員さんが台風起こしたわけでも何でもねえなのになあ、不公平だよなあ、ああいうのは。でもひどいと思わない、うまくいってるときはだれもお礼は言わないんだけれども、ちっとしくじったときにすぐにこらあって怒るなんて。世の中にこんな不公平なことってねえじゃねえですか。何でそうなっちまうかっていったら、やっぱりせっかくの毎日のそのすんばらしさに気がつかない。何で気がつかないかって自慢しない。気がつかなかったら、せっかくすばらしいものがしばらく時間たつと、そのすばらしい立派なところが普通ってなるわけなんですよ。普通のものは、しばらくするとどうってことねえってことになるんだよね。どうってことねえものも、しばらくまた時間がたつとそれが当たり前になってしまうんだ。人間はそういうふうにできてるわけなんですよ。立派なものなのに気がつかない、ましてだよ、生きてることさえすばらしいじゃないですかって気がつかない人もいるんですよ。ポジティブシンキングとネガティブシンキングの違いなんですよ。このバランスが崩れてしまうとそうなっちゃうんですよ、20年間もそれが続いてるわけなんですよね。交通網も自慢しやすい、日本の教育制度や治安の良さ、これは自慢するはずだと思うんですよ。でもみんな自慢しない。不思議だよね、こんなに安心して暮らせるというのがいわゆる当たり前になってるんですよ。

 とにかくですね、自慢、もうちょっと出さねえともとには戻れねえと思うんだ。日本の食文化の自慢、おむすびの自慢、本当にさっきのパンフレット、これ見ただけで何だか、これでおなかすかない日本人はいねえでしょ。中身を見て、うわあそれ食べてみてえなとか思った。こういうとこも、本当は自信を持ってたほうがいいと思うんですよ。

 問題が、これからはやっぱり日本はTPPに向かって、どうやって農村とか漁村守るか。経済的にはよほどこれからやっぱり考えなあかんのですわ。高齢化もしてるんですよ、私は被災地へ、岩手県の山田町ばっかし行ってんですけれども、16回ぐらい食べ物とか支援いろいろ運んでんだけれども、漁師さんの話もよく聞くんですよ。みんな頑張って、海に早く戻りてえんだけれども、平均年齢はって聞いたら67歳なんだと。こういうとこなんですよ。だから、日本の漁村、農村も似たような数字なんですよ。変わるんですよ。・・・これからやっぱり変わるんだって、どうやってその変化、その大きなチェンジに迎えなあかんのか、我々がやっぱり考えねば、真剣に考えなければならない現代でございますよ。TPPは絶対に嫌だあとか言いはってるんだけれども、10年待てば・・・ていうこともあるんですよ。だからやっぱり工夫して、うまくそれを考えねえとなんねえんですよね。僕はその田園風景、やっぱり守ってほしい。米があって、おら日本にこれからも50年間ずっと住みてえと思った。おれ引退してから、山形の山村に暮らしたいんだ。萱葺きに暮らしたいとそういうあこがれなところがあるんですよ。もちろんそれが夢かもしんねえけれども、でもおにぎりとかおむすびが食えなくなってしまったら、何か寂しくてしょうがねえですよね。だから、僕も一緒に考えたいと思う。

 でも一つの案、一番大きな案、一番簡単に取り入れる案としては自慢、お国自慢。このバランス、もとに戻そうと思えば、もとに戻すことができたら、少しはやっぱり米文化、食文化はやっぱり守らないといけないのではねえでしょうか。皆さん僕みたいになって、私はこれから47都道府県回りながら、東北の自慢話、山形の自慢話はずっと続けるつもりなんですよ。倒れるまで、私とにかく被災地をサポートしたいと、そういうふうに思ってる人間なんですよ。だけど、一人だけじゃ何にもならないんだ、自慢話、特に自慢キャンペーンって言うんですかね、こういうのは一人だけが幾ら頑張っててもやっぱり無理ですよ、みんなでやっぱり御協力一つよろしくお願いしたいと思ってますんで。

結語

 本当にね、ほったらかせばおらいつまでもしゃべる人間なんですけれども、簡単にまとめますとそういうことなんですね。自慢話、自慢できるものは山ほどあるんですよ。でかい声で言わなくて、静かな心で、みんなの底力っていうか、そういうふうになれるようにですね、やっぱり自分の子供たち、自分の仲間などにも、もうちょっと自慢しようよ。そうすると、守る気分もやっぱりわいてくるものではねえでしょうかとおらが思いますので、ぜひとも皆さんよろしくお願いしたいと思います。

 以上をもちまして、本当に私は90分ぐらいずっとしゃべりっぱなしで、水は一滴も飲んでねえんですね。だからのど渇いてて、ここら辺でお開きにさせていただきたいと思いますけれどもよろしいでしょうか。 どうもありがとうございました。


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