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ごはんを食べよう国民運動推進協議会主催

「生物多様性をはぐくむ日本農業」

とき 平成22年6月24日
ところ 全国都市会館(東京都千代田区)

林 良博 東京農業大学農学部バイオセラピー学科教授 兵庫県森林動物研究センター所長 山階鳥類研究所所長

林 良博
東京農業大学農学部バイオセラピー学科教授
兵庫県森林動物研究センター所長
(財)山階鳥類研究所所長

生物多様性について

 きょうの講演のタイトルは「生物多様性をはぐくむ日本農業」となっておりますが、お聞き終わられたら、逆やないかとおっしゃるかもしれません。日本農業をはぐくむ生物多様性のような感じの話になってしまいました。何としても食用自給率を50パーセントに上げるためには、お米を食べていただくことが何よりも大切です。そのためには、日本農業をはぐくむ必要がある。その一つとして生物多様性があるというような話になっております。

 生物多様性には3つの多様性があります。1つは、生態系全体の多様性、これが多様でないと、日本のようなこういうすばらしい自然を楽しむことができません。2つめは、生態系を構成している種の多様性。3つめは、最近注目されている遺伝子の多様性です。私は個体の多様性と言った方がいいのではないかと思います。つまり一人一人の人間がいろんな人がいて、そして多様な社会が生まれるのと同じように一つの種の中でも、いろんな個体がいて、だからある病気が流行しても、残念ながらその病気で死んでしまう個体もいれば抵抗力のある個体は生き残る。そして全体としてこの多様性が担保されてくということであります。

 こういった3つの多様性、これはどれも大切ですが、これが危機を迎えています。この危機には3つの原因がありますが、一番大きなのが人間活動。余りにも急速に進んだ20世紀の開発、これが生物多様性を著しく減じたということがあります。2つめとして、この最大の原因に隠れて我々今まであまり意識しなかったもので、人間数の縮小による危機。つまり農山漁村で人と自然のかかわりが深かったことによって担保されてきた豊かな多様性がその農山漁村から、あるいはその周辺から撤退せざるを得なくなることによって、ほかの種も危機に陥っているということです。これは非常に大きな問題であります。

 3つめは、外来種によって日本の固有種がおかしくなりました。外来種による被害が顕著に増加しているということが問題です。

農林水産業と生物多様性

  さて、農林水産業についてお話しいたしますが、この生物多様性の場所は3つあります。田園地域、それと里山と言われているところ。私たちが非常に手を入れている、そういう自然ですね。田園的自然。その周辺の里山を含めて、ここはもう非常にわかりやすい例で言いますと、コウノトリの野生復帰、豊岡で進めておりますけども、あれはもう完全に成功した一つの例です。ここも一時期、あまりにも農薬を使い過ぎたことや、余りにもほかの生き物に配慮しない農地の造成をやってしまったというようなことがあります。これについて今、大いに反省しているところであります。

 2つめは森林、日本は国土の7割以上の森林を持つ大変すばらしい国であります。この森林にはいろんな生き物が生息していますが、ここでの多様性を今後どうやって継続していくか。兵庫県では森林を守るために、生産林について行き過ぎたところを今是正しようということで、大変頑張っておられます。3つめとして、あまりこれまで注目されてこなかったのは里海という海、特に沿岸ですけれども、手を入れて豊かな自然を作っておられます。そういう意味では農林水産業と生物多様性というのは非常に大きなかかわりがあります。

生物多様性に影響する農林水産業の負の側面

 残念ながら農林水産業にも負の側面が非常にありまして、農薬、肥料の使用が不適切であるとか、埋め立て、これによって特に里海、海が貧困なものになってしまうということです。

 例えば疎水ですが、これは大体長さにして40万キロメートルで地球10週分の長さがあるのですが、それが一時期、効率を考え過ぎたものになり、魚については何も考えなかったということがありまして、いろんな種が減少あるいは絶滅してしまいました。トキであるとか、コウノトリも残念ながらそうでした。そういった動物達の絶滅を招く、あるいは著しく減少するということがありました。また、先ほど言いましたように、私たちが余りにも農山漁村から撤退してしまったと言いますか、そこにいられなくなくなったために逆に、鳥獣外の被害が増加するという問題も招いています。

生き物マーク

  現在、日本中のあちこちで、田園地域、里地里山の保全だけではなくて、森林保全、里海の保全が言われておりますが、それに大きく貢献しているのが生き物マークです。これは、生物多様性をちゃんと守り育てている農林水産業をアピールするためのもので、農林水産省を中心に全国で取り組んでいます。

 例えば、林業と生き物については、生産された木材が森林の育成、森林の保守・多様性、文化を尊重した木材なのか。それとも、森林破壊を行うような、特に外国から入ってくるような木材なのか差別化します。差別化の例として、一番よく知られているのは、農業と生き物マークです。

 いろいろなところで作られているお米の中には、農薬の使い方一つとってみてもそうですし、つくり方そのものが生物多様性を非常に尊重したつくり方をしているものがあります。そのためには手間がかかります。この手間がかかっているということを、消費者の皆様に理解していただかないと、やはり少し高くても買おうかという気にならないわけです。コウノトリ米などは、手に入らないなんていうようなことも一時的に起きたりするくらい、消費者の関心が、この生き物マークによって促進されるという点があります。

 水産業もそうです。沿岸地域で本当に魚が獲れなくなってきています。この原因の一つには、持続可能な水産業についてあまり考えてこなかったことがあります。これまで水産業はあまりにも競争し過ぎると言いますか、いい例は、魚礁に行くときに1秒でも早く魚礁に着いて1匹でも多くの魚を釣りたいと思い、エンジン全開でいきました。これは地球温暖化の問題から見ても問題があります。もう少し穏やかにポンポンポンポンというぐらいの感じで魚場まで行っていただくと、重油の消費量は格段に減ります。また、できれば古くなっている漁船を改良して、燃料代が3分の1、4分の1になるような船に変えてもらいたいということで水産庁は援助して漁船を改良しようとしています。また、魚を集める集魚灯は、相当な重油を使っているわけですが、これをLEDに変えようと援助を始めています。このように、水産業も環境に優しく、温暖化を少しでも食いとめ、なおかつ生物多様性を尊重するというふうにもってこうとしています。私たちの子どもたちにもすばらしい魚を生産資源として残すためには、生物多様性を尊重している水産業であるということを、今ラベルで示しておこうということです。

 生物多様性を守ろうとするためにはどうしても価格が高くなるのですが、それでも買おうという気持ちになっていただくために、いろいろなマークを作って工夫をはじめております。これがかなり成功していますが、これだけでは、食料自給率を50パーセントにもっていけませんので、もっとやっぱり工夫が必要だろうというふうに思います。私はこういうことをやっていくときに、非常に重要なことはシンボル主義に陥らないことだと思っています。シンボルは重要です。コウノトリというシンボルがあったからこそ、豊岡での農業が全体として生物多様性を守るすばらしい農業に変わりつつあるわけですけども、シンボル主義だけでは、コウノトリさえいればいいじゃないかという話になっちゃいますね。

 その典型は鯨です。反捕鯨団体の活動がシンボル主義だと思っていただければと思います。だから水産業とか、地球全体の環境のことまで考えて物を言っているか。鯨だけをというと、非常にこう感情的にパッとすぐ入りますが、生物多様性なんてわけのわからない難しいことを考えなくても済ませていますが、これは一種の犯罪行為だと思っています。絶対にシンボル主義に陥らない、そういう活動が今必要だというふうに思います。コウノトリはシンボル主義ではありません。これはもちろん米が中心になります。農薬と化学肥料を2分の1以下にし、これと生き物をはぐくむ栽培技術法導入します。冬期湛水は、手間はかかるけどもそういうこともやる。そしてお米だけでなく、野菜、ごみ等も環境に配慮した施肥を適正に行っていく、ほかの作物についても全くそうです。そしてそのために必要なことは着実にやっていくという、こういう全体を考えた、一つのシンボルだけをスポットあてた活動じゃない活動が極めて重要です。

生物多様性戦略について

 農林水産省は、生物多様性戦略というのをつくりました。このときの座長を私がしていましたが、農林水産省として生物多様性戦略を持とうということだと思っています。「赤とんぼじゃ飯は食えない」。日本国民は赤とんぼが大好きですが、じゃあだれが赤とんぼを健全にふやすのか、かつてのように赤とんぼが飛ぶようなそういう農村・地域にしていくのか。やはり農業者は、そういうふうな赤とんぼがふえるような農業をやらないといけない。しかし、それを全部、農業者に押しつけて、赤とんぼが飛んでいるとこだけ全国民が享受するというのではないでしょう。赤とんぼは間違いなく水田がつくったとんぼですから、水田がその赤とんぼを養っているといっても差し支えません。しかし、赤とんぼを何とかして取り戻すためには、農業者の労働時間が少しふえます。今生物多様性を考えた場合、ある程度の労働時間の増加というものこれはやむを得ないことなのですね。

 明治維新後、日本農業は技術的革新を行い、労働時間が6分の1に減りました。その6分の1にしたこの労働時間をある程度やっぱりふやしてでも、生物多様性に配慮していくという、そういう農業形態をつくっていくためには、これは農業者だけに負担をさせるという仕組みは根本的に間違っています。農林水産省の生物多様性戦略というのは、基本的には赤とんぼじゃ飯は食えないという農業者の環境を払拭するために、払拭しながら赤とんぼの保全を国民全体の課題にするためにはどうしたらいいかということを目標にして定められました。

 ここで生産における農業と工業の相違について申し上げます。生産には、大きく言って2つの生産がありまして、つくるという、これはメイキングと言っていいと思います。そういう生産と、グローイング、育てるといっていいと思います。育てるというのは基本的に農業の生産です。つくるという、メイキングの生産は工業の生産です。この2つとも我々人類とって必要な生産です。20世紀は非常に困った世紀だったのが、メイキングの生産ばっかり行き過ぎたんです。メイキングの生産のほうがコントロールしやすいような感じです。工場がもしたくさん大量生産、大量消費するときに、つくり過ぎたら工場の電源切って停止するわけです。農業はそういうわけにいかない。相手がいる。自立性持っていますから、その自立性を持っている育ちと生命を理解しないといけません。今、口蹄疫で九州の市場はすべて閉じてますけれども、あのために何が起きているのかというと、もう牛が売れないわけですよ。すると牛を飼っている人は、この間じゃあ牛をやめとこうかっていうスイッチ切ればいいというものではないですから、毎日やっぱり牛のえさあげなきゃいけない、それからウンチも排せつ物もきちんと取ってあげなきゃいけない。お世話する育てる生産というのは、非常に大変な難しい点があります。そのかわり、メイキングの生産に比べると複雑ですからおもしろいということ。だからいいこともあるのですが、20世紀は何しろ偏ってしまいました。この偏ってしまった20世紀を21世紀にどう訂正していくのかということを考えたときに、この育てるという生産には、育つ側の生き物の理解は絶対必要ですし、それを育てる環境についても理解がなければ育ちません。そのことが非常に難しくて20世紀はむしろ粗末にされていましたが、農業がこの育てるグローイングの生産に責任を持つ業だなということ理解すれば、この農業に生命の理解と関係の理解の両方が必要だということは当然のことで、したがって農業は、本当に浅はかな近代合理主義にはなじまないと思います。だから20世紀はある意味では浅はかな近代ポリシーが優先された世紀だと。そのかわり、人類はかなり豊かになりましたから、ポリシーは決して悪いものではありません。近代合理主義の中にもいい部分があります。しかし、非常に多くの負の遺産を残したことも事実です。

 さて、農林水産省の生物多様性戦略検討会は、3つの提案を行いました。消費者へは、食と農を結びつけて考えてもらう。地球環境に配慮した食行動を行う。他からあまり輸入したら、他の国の資源を食い荒らしていることになる。ほかの国の特に貧しい人に対して迷惑をかけないこと、だからできる限り地産地消を行う。それはきっと食料自給率を上げることになります。それから農林漁業者にも提案を行いました。これは当然ながら、大変だけど生物多様性をはぐくむような農林水産業を推進してもらいたいということです。今までどちらかというとひかえめだったけども、誇りを持てるような仕事をしているわけですから、それを誇りを持って発信していただきたいという、農林水産業からの提案でもあります。

 それから農林水産省へも提案いたしました。これはCOP10が今年開催されるのでCOP10で、日本の農業が生物多様性に非常に貢献しているということを、発信してもらいたいということです。

地球温暖化防止に貢献する農業

  地球温暖化阻止に貢献しない農業というのはあり得ません。今、地球温暖化を阻止するという前に、温暖化はもう避けられない。だから地球温暖に適応する農業にしていこうということが大事です。

 しかしそうはいっても、京都議定書であれだけ約束して、それから鳩山さんはもう辞めましたけども温室効果ガスを25パーセント削減と言っているときに、我々農業が貢献しないわけにいきません。そのとき、農地の土壌と温室効果ガスの関係がある程度発揮されるわけです。土壌、土地は表層の1メートルに約2兆トンの炭素を保有しています。2兆トンというのは、大気中の炭素の約2倍です。また、これは、植物体の中に閉じ込められている4倍の量を土壌が持っているということです。土壌というのはばかにできないです。ここに炭素をもっと有効に持たせることができたら、この温暖化の問題は相当解決するのではないか。今まで森林の炭素だけを考えてきたところがありますけど、土壌全体考えることが必要です。農林業が影響下にあるのは大体その40パーセントで、農林業は非常に大きな役割をしているということも事実です。さて、それでは炭素をどれくらいため込むことができるかということですが、化学肥料から有機物をもっと使うという形の農業に変えていったら、これ手間はかかるんですけど、年間220万炭素トン、CO2換算で808万トン増加させることができるという試算が出ました。しかしこのとき非常に慎重にやらなきゃいけないのは、堆肥の施肥によって水田土壌が追加的に16.8から27.4万炭素トン相当のメタンが発生する可能性がある。で、このためにかなり慎重な取り組みも必要ということです。つまり土壌というのは、特に水田というのはかなり複雑な系なんですね。片方で炭素を閉じ込めたかわりにメタンが発生するというか、メタンも温暖化に貢献しますので、これはどうやったら一番たくさん保有してもらいながら、余り出さないということができるかということです。まだまだ研究の余地があります。これは一つの解きですね。

野生動物と農林水産業の軋轢

 次に、生物多様性と言われていますが、シカがあれだけ増えてどうしようかなという話があちこちで起きています。人が里地、里山から撤退したことによって起きています。これについてちょっとお話します。

 まずは鯨から。これは、北太平洋の調査捕鯨でわかったことですが、今までミンククジラのようなひげ鯨っていうのはオキアミしか取れないと思われていたのです。ところが、カタクチイワシが捕れるところではカタクチイワシばかり食べています。サンマがいるところではサンマばかり食べているし、スケトウダラがたくさんいるところではスケトウダラ食べています。日本周辺ではサンマ、スケトウダラ、サバ、マイワシ、カタクチイワシは、ますます減ってきてんですけども、一方で鯨はふえてきているんです。世界中で獲っている魚の量というのは9,000万トンです。これに対して、鯨類が80種ぐらいいますけど、全体で2億4,000万トンから4億3,000万トンぐらい、つまり世界全体の漁獲高の3倍から5倍ぐらい、鯨は魚を食べているかもしれません。鯨を獲っちゃいけないと言われていますけれども、鯨と戦争しているようなもので競合しているのです。やはり水産業も持続的でなければいけない。捕鯨業も持続的でなければいけない。少なくとも野生動物と人間との軋轢というのは、鯨を見てみても大きくなってきています。生物多様性というのは、動物あるいは植物を保護すればいいという単純な問題ではないということです。日本だけですと、農作物の被害が200億円超えます。今まで一番多かったのは、イノシシだったのですが、つい最近では、シカが一番の問題となっています。生物多様性を保全することは、動物愛護ということではないですよということを言っているんですけども、しかし必ず出てくるのは愛護派がいて、一頭たりとも殺すな、たとえシカであっても一頭たりとも殺すなといいます。また、撲滅派は、シカなんか皆殺しにしろというような極端な意見をいいます。どっちも極端ですね。じゃあ生物多様性を目指すうえで望ましい関係をどう構築していくのか。

 しかしこれは大変なことで、今は対症療法しかありません。有害鳥獣の捕獲をすること、それから農地を囲って自分の農地だけ何とか守るという、対症療法からもう少しきちっとした科学的なワイドライフマネジメントの転換を考えること。これは私が兵庫県森林動物研究センターの所長として月に2回行っておりますけれど、そこで若い研究者と一緒に喧々諤々とやっているところです。

生物多様性の保全とは

 生物多様性の保全というのは一体何なのか。それは農業、農村の活性化とは表裏一体のことだというふうに私たちは認識する必要があるのではないでしょうか。そして、農林水産業の立場からすれば、それは健全な自然、活気ある農村を維持するのに大変貢献していることで、そのために生物多様性っていうのは保全しなければいけない。こういうことを申し上げて、今日は生物多様性を育む日本農業というお話をするようにということでありましたが、むしろ生物多様性によって日本農業は育まれる、育むべきではないかというふうに考えております。

文責:ごはんを食べよう国民運動推進協議会事務局

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