ごはんを食べよう国民運動

情報交換会特別講演

と き:平成14年6月19日(水)14:25〜15:25

ところ:都道府県会館101大会議室(東京)   

主 催:ごはんを食べよう国民運動推進協議会 


1. 特別講演:足立 己幸(女子栄養大学・大学院教授)
講演テーマ:「豊かな食育とは〜ごはんのある食卓と地域のパートナーシップ」

足立己幸特別 講演講師: 足立 己幸(女子栄養大学・大学院教授)

 ある時、私は、メンバーをさせていただいている審議会で、「米消費拡大運動を私は賛成できない」という発言をしました。なぜかというと、米があるから食べなさいという生産者側から消費者への一方的な命令形に聞こえてしまって、私たち生活者の立場からすると、「米消費」というのは生活側の用語じゃないのですね。私たちが食べているのは「米」ではなく、米を材料にした「ごはん」という料理で、一つだけを食べているのではなくて、「ごはんのある食事」として食べています。だから、そういう注釈をつけて、「米消費拡大運動」という言葉を使うのならいいのにという発言を加えさせていただきました。会議後、参会者の中には共感していただける方もおられ、握手を求められ、嬉しい時がありました。
 なぜ、最初にこのようなことを申し上げるのかというと、私は「ごはんを食べよう」という国民運動に大賛成だからなのです。しかし、最近、「米」と「ごはん」と「ごはん食」の違いが曖昧になってしまっていますので、今日は、日本人にとっての「ごはん食」の視点から、問題提起をしていきたいと思います。

【食事レベルで、パン食とごはん食を比較すると】

 図1をご覧ください。これは、「ごはんとパンとどちらがよい食べ物ですか?」という質問に対して、栄養素摂取に限った場合でも、いろんな問題があることを比較した1枚の図です。項目の上の方は摂取過多になると健康上心配な栄養素が、下の方は摂取不足が心配な栄養素が並べてあります。
 まず、「材料レベル」で、ごはんとパンの原材料の米と小麦を単純に比べてみました。そうするとほとんど同じなのですね。
 次に、「料理レベル」で比べてみます。2本ずつの棒グラフを比較すると大体同じですが、たんぱく質のところでは、パンの方が長くなっています。同じエネルギー分なのに、パンの方がたんぱく質が多い、同じように鉄分もそうなります。ビタミンB1もB2もEも食物繊維も若干上がってきています。かつてこのデータを見て、パンの方がよいと判定した人がおられました。パンが酵母を加えて発酵させて作っていくため、酵母の原料であるたんぱく質やいろいろな栄養素が加わったデータになっているからです。さらに、過剰摂取が心配な食塩も増えています。これは、パンを成形するときには食塩が必要で、みそ汁と同じぐらいの塩分濃度になっています。ですから、料理レベルで比べたときには、パンの方がいろんな栄養素がいっぱい入っているように思います。でも、このデータで私たちは何を食べるかを決めてよいでしょうか?日常生活の中では、私たちは幾つかの料理を組み合わせて、食事として食べています。「おかずやいろんなものが組み合わさった具体的な食事では、どうなのか?」ここが勝負どころになるのです。
 「食事レベル」のところに、3本のグラフがあります。1本目が「ごはん食」、他2本がパン食で、2本目がパン食のうち、全国的にほぼ60%を占める「パンと飲み物だけの組み合わせ」タイプで、3本目が「パン食の時もきちんとおかずを組み合わせて食べる」模範生ともいえるパン食タイプのグラフです。
  各栄養素について、3本を比べると、2本目のパンと飲み物だけの場合には、全体の栄養素の摂取量 がグーンと少なくなります。飲み物しかないタイプですから当然です。
  それに対して、トーストとハムエッグと野菜サラダと牛乳をしっかり組み合わせたタイプは、栄養素のバランスを考えているように思えますが、逆に、過剰摂取が心配な上部5つの栄養素で、出っぱっています。つまり、パン食の場合、一方で全栄養素の極度の摂取量 不足他方で、摂取過剰いわゆる欧米型の肥満のリスクを合わせ持つような栄養素摂取パターンになって、軍配は「ごはんのある食事」に上がることがわかります。
  これは、私が今日強調したいことの1つです。実際の生活者の視点とは、生活行動のレベルで食物を見たり、確かめたり、判断したりしていくことで、この視点が非常に大事なのではないでしょうか?

【生活レベルから栄養素レベルまでを見通して食物を選択する】

  図2は、2000年春に公表された食生活指針のビジュアルガイドです。図の下の方から生活レベル、食事レベル、料理レベル、食材料レベル、栄養素レベルと、上に向かって描いてあります。実際に食卓を囲んで食をしている家族がいて、食卓上で主食と主菜と副菜の3種の料理を組み合わせて食べています。例えば、主食をみると、料理レベルのごはんやおにぎりやめんやパンのうち、どれかをはしごを渡って、食卓へ運んでくるという発想になっています。それらは食材料レベルでいうと、米や小麦にあたり、栄養素レベルでは、主材料が穀類で糖質からのエネルギーを提供してくれています。つまり、何を食べるかを選ぶときには、料理で選ぶこともできるし、材料で選ぶこともできるし、その中に含まれている栄養素から選ぶこともできます。それらは全部つながっているわけですから、「各レベルの階層構造の中で食物を見ていくことも必要であり、かつ日常生活では、レベルで選択しやすいかを考える」ということです。講演写真1
  ところで、この図のもう一つ大事なことは、各扇型の面積が違うことです。左から副菜、主食、主菜と並んでいますけど、真ん中の主食が全体の50%を占めています。それから左側の副菜は25%、右側の主菜は20%。これは、全国民の国民栄養調査の結果 を分析して、はっきりした科学的な根拠をもって策定委員会として提案した比率です。全体の食物の容積や表面 積で見た時に、ほぼ半分は「主食」、半分がおかず。おかずは、野菜を主材料にした「副菜」の方を多くして、肉や魚や卵や大豆を主材料にした「主菜」はやや控えめにするけれども3種をしっかり組み合わせるということです。
  今お気づきだと思いますけど、合計しても95%で、5%を残してあります。これは、食べ物の種類で組み合わせが異なる可能性があること、もう1つは、食べる側の好みや思いやりを発揮できるように、ファジーにしておこうという考えからです。例えば、果 物とか飲み物です。これは、生活者である人間の一人ひとりを大事にした発想で、この扇型による提案です。
 ここで、図1と図2に共通して言えることは、私たちが食べ物を評価したり判断したり選択していくときには、必ず「栄養素レベル」、「食材料レベル」、「料理レベル」、「食事レベル」、「生活レベル」、そして「環境レベル」という階層構造の中で物を見ていかないと、現実離れしてしまうということです。例えば、食糧自給率という環境レベルで見たとき、主食を米にするか小麦にするかということははっきりわかります。ライフステージによって、好みの料理形態は違ってきます。

【豊かな食育の「豊かな」とは】
  第1点は、今ご提案したことで、食物の階層性を重視したとらえ方です。
  最近、マスコミで流される情報を短絡的に取り上げて、ある食べ物の特定の成分だけで評価をしてしまうよう人が少なくありません。これでは、食物の豊かな認識とか、豊かな食物選択とはいえないと思います。人間との関わりの中で、階層的にいろいろな関わりを持っている、そのつながりの中でとらえる現実的な食べ物との関わりであり、“豊かな”食のとらえ方につながると思います。
  第2点は、食の営みの循環性。食物は、自然から食料生産、加工、流通、調理、食事づくりで食卓に届きますね。それらを、味わって食べる。その結果 としての栄養の営み、心身の健康づくり、家族や友人との人間関係、地域・社会・環境づくり、これらが労働力の再生産力として、人間として生きていく力になって、社会的活動や家庭の中での食行動に力を出していけるという、「食について循環性の高い人間の営みの全体像をとらえる視野やセンスを育てたい」と考えます。
 図3は、「地域の中で人間と食物と環境とのかかわりを全体でとらえる」一つのイメージを提案している図の子供版です。
 食事を食べるということは、単に食卓に並んでいる料理を食べることではなくて、こうした生産活動、流通 活動、調理というすべてのプロセスを踏んできた結果として食べることができるようになった料理を食事として食べているのです。だから、今何を食べるかは、地域のこうした営みを色濃く幾層にも踏まえているといえます。これらの各段階がそれぞれに豊かに充実することが必要です。
  “豊かな”食というときには、「こうした循環性の高い人間の営みの全体像の中で各段階を考えていかねばなりません。
 今日参会の皆様のひとりひとりが、地域全体の食の構造的な営み、循環性の高い営みの中で、どんな位 置を担当しているか、これからどの方向に仕事をすすめたらよいか等について検討する際にも、図3をお使いいただければと思います。
 こうした食の全体像で、食を見ていくことは1つのセンスと思います。理屈ではなく、いつも見えてしまう、そういう感じ。例えば、子供たちが何か食べる時、「わー、おいしい。どうしたの?この人参いつもと違うよ。どっから買ってきたの?え、もらったの?送ってきたの?どこから?おばあちゃんちから?」のような質問が、どんどん視野全体に広がるような物の見方を「センス」という言葉で表現しようとしたのですけど、いかがでしょう?
 第3点は、食物の多面性を重視する見方です。食物は栄養面だけでなく、体に関わる面 、人間関係に関わる面、そして文化や環境面などいろいろな面をもちますので、これらを視野にもつことです。しかし、いつも全面 を考えていくことはできない。そこで、今何が一番大事かのプライオリティを決めることです。いらいらしているから甘いお菓子が一番欲しいかもしれません。だけど、もう学校に行っても健康が優れなくて勉強に集中できないという時なら、健康第一になるでしょう。また、日本の食料自給率が40%という非常に低い状態の中で、今何を優先して一番大事に考えていかなくてはいけないかを判断していく視野を持つこと、これが3番目の提案です。
 第4点は、「しっとり味わう感受性、楽しむ人間性を育てたい!」をあげたいと思います。私は、ちょうど小学校4年の時に終戦を迎えました。食料事情の大変な時に育っており、食べ物は一つ一つよくかんで食べていました。「これは、おいしいね。甘いね。」と思って育った一人です。「味は食べ物の中にあるのではない」ということです。「味」(食物の中には味になる可能性)は入っています。ごはんでいえば、味の「素」はでんぷんが消化の過程で細分され、鎖の短い糖に分解されて甘みが出てくるのです。唾液と交じり合って、味を出していく成分に細かく分かれていくプロセスの中で、味わうことができるのです。味というのは、人間側の感覚、感受性、感じ方のプロセスの総体ですから、「食べた物が味になるのは、食べて味わって味になる」のであって、“豊かな”というのに、このことを抜くことはできないと思います。
 今の子供たちは、5分未満で朝食を済ませていきます。夕食も10分もかからないうちに食べて、テレビを見たり自分の勉強部屋に入ったりします。だから食べ物の味になる「素」は、中の一つ一つの成分に入っているのに、口の中で表面 だけを感じ取って、十分に味として感じないまま、のみこんでしまっている子供たちが少なくないように思います。講演写真2
 大人たちはどうでしょう?昼休みにレストランや食堂で食事をする時、5〜6人それぞれが一緒に入って来ても雑誌とか新聞とかを持ちこんで、同じテーブルを囲んでいるのに、各人が読みながらオーダーします。新聞を片手に持ちながら食事を召し上がったりしています。新聞を読みながらでは、視覚も味覚も働かない。おいしい定食メニューを十分に味わうことができないと思いますが、いかがですか?
 今日の日本の大人たちがうまくやれないできたことの一つが、しっとり味わう感受性、そのひとときを大事に確保していく実力、そういう食生活力がとても弱いように思いますけど、どうでしょう? だから、知識だけでなくて、じっくりおいしさを味わっていく日常の体験も加わって、はじめて“豊かな”食育といえるのではないかなと思います。

【「食育」とは】
 では、今話題になっている“食育”とは何でしょう?食育という言葉は、今まで使われてきた食教育または栄養教育と、基本的に同じだと考えています。
 食育(英語ではNutrition Education)を次のように定義しています。

食育とは(広義の食教育)とは

人々に対し、人々がそれぞれの生活の質の向上につながるような、望ましい食生活を営む力とライフスタイルを形成するための学習の機会を提供すること、並びに、そうした食生活を実践しやすい食環境(フードシステムや栄養・食情報システム)づくりの両方からアプローチを、栄養学や関連する学問等の成果 を活用しつつ、すすめるプロセスである。  ここでいう食生活を営む力は、食べる行動、食事を準備したりする作る行動と栄養・食情報等の受発信によりその能力を形成し、伝承する行動から構成され、かつ、その方向決定の要因は健康状態、食嗜好、食物観や食事観、食知識や技術等である。  また、すすめるプロセスとは、アセスメント、計画、実施、評価とその総体である。

 どうして食育という言葉が、このところクローズアップされてきたのか?
 栄養教育というと、栄養素摂取中心の教育という意味が色濃くありました。上記の実践の視野・視点で、私は人間的なおいしい味とか文化とかを含めて、「食教育」という言葉を30年ほど前から使ってきた経緯があります。今、全国的に使われるようになって、とてもうれしく思います。「食育」という語で説明される主な点をあげてみます。
 1つ。食と農の間に、栄養素、食卓、人間関係、調理、流通、生産、いろいろな情報交換があって当然です。このような農と食の間の情報を学ぶ機会を重視する考え方。
 2つ。食は大事な生きる力なのだから自分自身が育てるものという考え方。
 3つ。体験学習と従来の体系的(理論的、構造的な)学習とのキャッチボールが大事です。今までの学校教育中心からもっと拡げていこうとする考え方。
 4つ。セルフチェックや自己目標設定が重要、参加型学習を重視するという考え方。なぜなら、最終的に、食のことは他人にはわからないので、自分が食べて評価することを抜きにしての評価はありません。必要なのは、セルフチェックができ、それをどう直したらいいか考えられる力で、いわば自己目標設定し、実行する力が大事だといわれています。これが21世紀の健康教育とか、栄養教育のキーワードなのですね。
 5つ。食をめぐる関係者、組織などのパートナーシップへの期待。図3にもあるように、食は多くの分野、多くの人々が関わっているわけだから、どこが抜けてもうまくつながらない。これからの食育というのは、地域の中で、フードシステムに関わる人、食の情報システムに関わる人、その両者に関係する人たち、全部のパートナーシップなしには実現しない、本当の意味で、「豊かな食」は育たないと思います。いかがでしょう?
 こうした視点の各々から、主食が「ごはんの食事」を見直す時、大変得点が高くなることがいろいろな調査でも明らかにされております。ごはんのある食卓、それを育むことが日本人らしい文化を踏まえた、国際的評価が高い健康水準第1の食を育てるキーワードになるのだろうと思います。
 最後になりましたが、このごはんを食べよう国民運動推進協議会が「ごはん」のある食事を自分たちで評価しながら、豊かになるよう進めていける国民運動になっていけるといいなぁと思います。私もお役に立てることは立ちたいと思っていますので、よろしくお願いいたします。

2000年食生活指針

1 食事を楽しみましょう
2 1日の食事のリズムから、健やかな生活リズムを
3 主食・主菜・副菜を基本に、食事のバランスを
4 ごはんなどの穀物をしっかりと
5 野菜・果物、牛乳・乳製品、豆類、魚なども組み合わせて
6 食塩や脂肪は控えめに
7 適正体重を知り、日々の活動に見合った食事量を
8 食文化や地域の産物を活かし、ときには新しい料理も
9 調理や保存を上手にして無駄や廃棄を少なく
10 自分の食生活を見直してみましょう

文部科学省・厚生労働省・農林水産省決定

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