【稲の魅力】 私は、仕事柄よく列車に乗りますが、窓から外を見ると田んぼが一面に金色に輝いて、たわわにお米がなっている。ああいう風景を見ると、何だか幸せな気分になり、否応なしに日本人だなぁと思わせます。もちろん、春になって田植えが済んで、苗が初夏の風にさ〜っとなびいていくという風景も美しく、特に棚田などで田植えが済んだ風景というのは実に美しい。その風景を見ていつも思うのですが、例えば稲ではなくて、観賞用の草とか花が植わっていたらもっと美しい風景になるかというと、決して田植えの終わった田んぼほど美しくはないと思います。田んぼの美しさというのはやっぱり稲という仕事をする草が生えているから奥行きのある美しさになっていると思います。人間が生きていく上で風景・景色という物が大変に大きな仕事・大きな役目を持っていることに気ずかないといけない。美しい風景の中でずっと住んでいる人間と汚れた風景の中で住んでいる人間とでは、何年間というスパンで考えれば間違いなく差が生まれてくるはずです。だから日本人が日本人らしくあるためには、やっぱり風景としての田んぼが非常に大事だと思います。 稲というのは誠にすごい植物で、畑で同じ物を作り続けると必ず連作障害を起こして、その物ができなくなります。ところが、お米だけは水をはるため連作障害を起こさない。もう何百年でも同じ田んぼできちんと手入れだけしていればお米を作ることができます。こんなに都合がよく、役に立つ植物はそうざらにはありません。こういう意味でも田んぼを減らしたくない。できれば日本中の休耕田を全部稲を植えた田んぼにして、次の世代に渡していきたいと思います。 稲はその他にも、私たちの生活に大変大きな関わりを持っています。江差追分で有名な北海道の江差というところは、江戸時代の北前船の終点の港なんですね。北前船というのは北海道から主に田畑に入れる肥料としてニシンを運んで来ました。それから昆布、これは勿論食べましたし、主に中国に漢方薬として輸出し大変稼ぎました。北海道へ戻る帰りの船で、お米の次にたくさん本土から北海道へ運んだ物は藁なんです。江戸時代には、草鞋、むしろなど、ほとんどの物が藁で出来ており、藁がなかったら人間は生活が成り立ちませんでした。今は、ビニールなどがありますから、藁がなくても大丈夫だと言われますが、合成樹脂を燃やすと大体変な物が出てきます。しかし、藁を燃してもダイオキシンは出ません。だからもう一回、藁で組み立てられていた文化を見直す必要があると最近思っています。今時そんなこと言っても、縄文時代や弥生時代みたいに、藁で家を建てられないと思っていたんですが、オーストラリアでは、藁で素敵な家を作っている所があるのです。ストローブロックハウスって言うのですが、これは藁をまとめてブロックにし、そういう塊を積み上げる。そしてその上から漆喰を塗ります。まだ実験段階風にやっていますが、その家は快適ですよ。湿気や温度の問題を全部藁が対応してくれます。だから夏は涼しく冬は暖かく、湿気てるときは藁が吸い、乾燥していると水分を出してくれる。漆喰で上を綺麗に塗ってありますから見た目には分からないです。我々の住宅と比べると、昔の家の方が遥かに住み良いという答えが出るかも分からない。温故知新という言葉がありますが、21世紀に入ろうという今、そういうことをもう一回評価してみることは絶対に必要だと思います。 【農業は研究できるから面白い】 旅をしていて農家の方にお話を伺うと、一番多いのは間違いなく愚痴です。毎年毎年作っていいお米の量は減るし、跡継ぎがいないと皆さんおっしゃいます。一年間の働く労働量と比べると実入りが少なすぎると。辞めれるものなら辞めたいよ、みたいな声が残念ながら一番多い。しかし、それと正反対の声がゼロかっていうと、そんなこともないんです。この前、四国の四万十川に行ったのですが、流域で四万十甘栗を栽培している方にお会いしました。昔からあの辺には、伝説で弘法大師が中国から持ってきてくれたという七生栗があり、一年間に七回穂が出て花が咲き、実がなります。そういう不思議な栗と甘栗を交配させたら、一年に四回花が咲く栗が生まれました。四回目は霜にやられて駄目だけど、三回目までは立派な栗がなる。しかも、非常に甘い栗がなる。品種を確定するには、何回も何回も選抜を繰り返して、大体平均すると20年位かかるそうです。そうして生まれた四万十甘栗というのは、下の方がいがで実がなっているのですが上の方はまだ花が咲いているという面白い栗です。この栗を食べた人は「わー、おいしい」って言うので、間違いなくリピーターになって、毎年毎年注文している。一般消費者だけじゃなくて、お菓子の会社とかでしょうね、できたら全部引き取りたいということで、大変農業経営としてはうまくいっています。 農業の中でも果樹の経営は酪農と同様、旅行にも出られないという嘆きを耳にするぐらい大変で、仕事としては決して楽じゃない。そこで、その方に農業というものに対して、どういう感想を持っているか聞いたところ、「お金が欲しいだけでこの栗を作ってるんだったら私は辞めます。周りを見ているともっと楽なことで沢山のお金を稼いでる人が一杯いる。しかし、農業には研究というとてつもなく楽しい分野があるんですよ。これをこういう風にやったら来年どういう栗がなるかなとか、そういう研究という本当に奥の深い楽しい世界があるから私は農業から離れられません。いくらでも農業の世界にどんどん突き進みたい。しかも相手が生き物ですから、こちらの努力に応えてくれるんです」と仰っていました。多くの農業者の方から耳にするあの愚痴は全部もっともなんですが、研究が面白いから辞められないという方とは、基本的にスタンスが違うなと思います。お米の世界にだって研究っていうのはあると思うんです。だから言われた通りに余り感動もなくやっている米作り、それは僕は辛いだろうと思います。 秋田県の八郎潟に面白いお米作りをしている人がいて、余り面白いので節々に一年通いました。この人は、ある時汽車の窓から山を見ていたら立派な松の木が生えていて、人間が手をかけてやらないのに、あんなに力強くすごい存在感を持っている。あの松みたいな稲を作ることは出来ないかと思い、その事に挑戦して、今やある世界を持ってやっています。その方が言うには「本当だったら、途中で枯れてお米なんかならないはずの稲が、化学肥料と農薬のおかげで無理矢理大人の稲になっている。こういう稲には本当においしいお米は出来ない。私の米作りは目標がはっきりしており、どこの米と競争しても負けないおいしいお米を作りたい。そのために手間をかけて苗代を作り、丈夫な苗を育て、しっかり根が生えるよう深めに田植えする。それから追肥というものをしません。それ以外にもまだ独特なことを、いろいろなことをやっていました。とにかく田んぼが好きで暇があれば田んぼ行って稲を見ながら歩いているのです。いい天気が続いた年のことですが、稲を間引き始めたのです。なぜかと聞くと「お米の味はイコール田んぼの味で、地面だから量が決まってる。お米の味っていうのはその田んぼの味をお米の粒数で割ったものである。一般農家で大体一反当たり10俵取れますが、米が一番美味いのは6俵だ。しかし、反当たり6俵じゃとんでもない値段になる。経済的なことも含めて考えた結果、到達したのは反当たり8俵。だから多く収穫できそうだったら間引きをする。稲も風通しを良くすれば変な病気にならず、変な虫も付かない」と仰います。やっぱり農業も目標をはっきり決め、志を立てればこの世に存在することが出来るのではないか。 【生産者と消費者の距離がカギ】 だけど、その事を支えてあげるのは結局消費者じゃないですか。消費者がそのことを分かってきちんと応援してあげれば、僕は志のある農業っていうものがちゃんと日本に定着するのじゃないかと思うのです。今の都会に住んでる人は全く農業とふれ合う機会がない。あまりにも生産者と消費者の距離が遠すぎる。これが農業を衰退させている一番大きな原因じゃないかなと思います。農業者に是非とも志を持って頂きたいと言いましたけれど、やっぱり消費者がそれを支えないと志を持ち続けることは非常に難しいです。消費者も勉強し、生産者の方からもきちんと魅力的な形の情報を流すべきだと思っています。そのためには、例えば旅行ですが、観光ポイントだけ見て帰るのは本当にもったいない。目の前に田んぼも畑もあるのだから、うんちくを聞きかじり出来るような接点を作る事が出来ないか。農業者と消費者の間でそういう接点を作る。「うんちく観光」なんて名前付けてもいいでしょう。結構聞きかじりっておもしろいですよ。行った先で聞きかじってきて、帰ってきて友達に自慢する。知ったかぶりをする。快感ですよ。だから聞きかじり観光っていうのをやったらいい。荷物にならないのですから。そんなことでも良いから遊びの要素を入れながら、きちんと生産者と消費者の間に情報が流れる関係をまず作り上げないと、農業はどんどんやる気を無くしていく気がします。やっぱり遊びの精神って大事ですよ。私はお米を食べる一方ですが、ごはんっていうとある思い込みがあるのです。その思い込みを崩すような食べ方を消費者の方から発信していく。こういう食べ方が出来るお米が作れないかとか消費者の方から発信する。すごくおもしろいお米の食べ方って日本中にありますよ。伝統食品、ふるさと食品っていうのかな。例えば沖ノ島に焼き飯っていうのがあります。焼きおにぎりを作って、それをお茶碗の中に入れて、シソとかミョウガとかねぎとか薬味をその上にのせて、お味噌を一さじ乗っけてお茶をかける。これは、今の天皇陛下が皇太子の時に沖ノ島に行って、おかわりをしたぐらいですから、これは美味いです。宮崎とか愛媛に行くと、冷や汁とか薩摩とかいう冷たく冷やした味噌味の魚のすり身が入り、何故かこんにゃくも入った、不思議な汁があります。冷や汁とか薩摩っていうのですね。ごはん茶碗にごはんよそって汁かけて、猫飯ですよ。こぼれないように十文字の溝を入れるのです。薩摩の印でしょ、それで薩摩っていうのです。これは、夏にはまことに食が進んで、しかも食べた後が実にさっぱり爽快です。あと面白いのを思い出すと、徳島の南の方に焼き寿司っていうのがあります。宴会とか結婚式があると、前の晩に村中から主婦が集まってにぎりをこしらえるのです。山の中だから、だいたいヤマメとかイワナを使ったにぎり寿司です。これを一晩寝かして置くのです。それで、宴会の前ににぎり寿司をちょっと焦げ目が付くぐらい焼くのです。これなどは絶対お奨めです。 それから、お米をおかずにお米を食べる。学生時代にはよくやりましたよ。自分の部屋で飯ごうで飯を炊くんです。4合炊けるんですが、一合を蓋の方に取ってお醤油をじゃぶじゃぶかけてそれを電熱器で煮るんです。そうするとお米の佃煮になる。それで、白いごはんを食べる。これやってご覧なさい、美味いから。つまり、お米、ごはんはその位幅のある食べ物なのですよ。白いままで食べないといけないというのは、間違った思い込みです。もっとお米と遊んだ方がいい。お米をきちんとした食べ物として、もっと面白い食べ方ないかな、お米でお味噌汁の具や漬け物にならないかとか、いろいろ考えたらいいのです。そうすれば、お米という存在がもっと身近になるじゃないですか。だから是非とも農家の方には研究という世界の存在を知って、もっと楽しんでお米を作って、消費者はもっと楽しくお米を食べる。この二つが出来上がれば、少しは役に立てるかなと思います。日本からお米が無くなったら大変ですからね。それは食べることだけではなくて、景色としても大変、全ての文化にとって大変。がんばってお米を美味しくこれからも食べ続けたいと思います。
【 ごはんを食べよう国民運動推進協議会】