トップページ > ごはんを食べよう国民運動推進協議会活動紹介 > 平成12年度 活動実績 > ごはんを食べよう国民運動シンポジウムの開催
ごはんを食べよう国民運動
シンポジウム

開催日:平成12年11月24日(金)
開催場所:イイノホール
主催:ごはんを食べよう国民運動推進協議会
後援:農林水産省
開催主旨
今、「ごはん」が注目されています。全国で展開されている「ごはんを食べよう国民運動」は、お米を通じて、農業・農村の役割を考え、ごはんを中心とした健康的な食生活をもっと広めようという運動です。毎日食卓にのぼる「ごはん」を通して、食生活や日本の食料を考えるため開催しました。
プログラム
13:30 開会 挨拶
「おいしいアイデア募集中!」入賞作品の発表・表彰
14:15 特別講演「私はごはんが大好きだ」
休憩
15:30 パネルディスカッション
「食卓で考える日本の未来」
17:00 閉会
特別講演
講演テーマ:「私はごはんが大好きだ」

講師:渡辺 文雄(俳優)
東京大学経済学部卒業。松竹「泉」で映画デビュー。その後、「空ゆかば」「挽歌」など数多くの映画、舞台、TVドラマに出演。大島渚氏らが設立した「創造社」に参加、「日本の夜と霧」「少年」などの作品に参加。その後、俳優業のかたわら、レポーター、司会、講演など多方面で活躍。主な著書に「味な旅があるものだ」「なっとく!味のすぐれもの」などがある。

【稲の魅力】
  私は、仕事柄よく列車に乗りますが、窓から外を見ると田んぼが一面に金色に輝いて、たわわにお米がなっている。ああいう風景を見ると、何だか幸せな気分になり、否応なしに日本人だなぁと思わせます。もちろん、春になって田植えが済んで、苗が初夏の風にさ〜っとなびいていくという風景も美しく、特に棚田などで田植えが済んだ風景というのは実に美しい。その風景を見ていつも思うのですが、例えば稲ではなくて、観賞用の草とか花が植わっていたらもっと美しい風景になるかというと、決して田植えの終わった田んぼほど美しくはないと思います。田んぼの美しさというのはやっぱり稲という仕事をする草が生えているから奥行きのある美しさになっていると思います。人間が生きていく上で風景・景色という物が大変に大きな仕事・大きな役目を持っていることに気ずかないといけない。美しい風景の中でずっと住んでいる人間と汚れた風景の中で住んでいる人間とでは、何年間というスパンで考えれば間違いなく差が生まれてくるはずです。だから日本人が日本人らしくあるためには、やっぱり風景としての田んぼが非常に大事だと思います。  稲というのは誠にすごい植物で、畑で同じ物を作り続けると必ず連作障害を起こして、その物ができなくなります。ところが、お米だけは水をはるため連作障害を起こさない。もう何百年でも同じ田んぼできちんと手入れだけしていればお米を作ることができます。こんなに都合がよく、役に立つ植物はそうざらにはありません。こういう意味でも田んぼを減らしたくない。できれば日本中の休耕田を全部稲を植えた田んぼにして、次の世代に渡していきたいと思います。

稲はその他にも、私たちの生活に大変大きな関わりを持っています。江差追分で有名な北海道の江差というところは、江戸時代の北前船の終点の港なんですね。北前船というのは北海道から主に田畑に入れる肥料としてニシンを運んで来ました。それから昆布、これは勿論食べましたし、主に中国に漢方薬として輸出し大変稼ぎました。北海道へ戻る帰りの船で、お米の次にたくさん本土から北海道へ運んだ物は藁なんです。江戸時代には、草鞋、むしろなど、ほとんどの物が藁で出来ており、藁がなかったら人間は生活が成り立ちませんでした。今は、ビニールなどがありますから、藁がなくても大丈夫だと言われますが、合成樹脂を燃やすと大体変な物が出てきます。しかし、藁を燃してもダイオキシンは出ません。だからもう一回、藁で組み立てられていた文化を見直す必要があると最近思っています。今時そんなこと言っても、縄文時代や弥生時代みたいに、藁で家を建てられないと思っていたんですが、オーストラリアでは、藁で素敵な家を作っている所があるのです。ストローブロックハウスって言うのですが、これは藁をまとめてブロックにし、そういう塊を積み上げる。そしてその上から漆喰を塗ります。まだ実験段階風にやっていますが、その家は快適ですよ。湿気や温度の問題を全部藁が対応してくれます。だから夏は涼しく冬は暖かく、湿気てるときは藁が吸い、乾燥していると水分を出してくれる。漆喰で上を綺麗に塗ってありますから見た目には分からないです。我々の住宅と比べると、昔の家の方が遥かに住み良いという答えが出るかも分からない。温故知新という言葉がありますが、21世紀に入ろうという今、そういうことをもう一回評価してみることは絶対に必要だと思います。

【農業は研究できるから面白い】

  旅をしていて農家の方にお話を伺うと、一番多いのは間違いなく愚痴です。毎年毎年作っていいお米の量は減るし、跡継ぎがいないと皆さんおっしゃいます。一年間の働く労働量と比べると実入りが少なすぎると。辞めれるものなら辞めたいよ、みたいな声が残念ながら一番多い。しかし、それと正反対の声がゼロかっていうと、そんなこともないんです。この前、四国の四万十川に行ったのですが、流域で四万十甘栗を栽培している方にお会いしました。昔からあの辺には、伝説で弘法大師が中国から持ってきてくれたという七生栗があり、一年間に七回穂が出て花が咲き、実がなります。そういう不思議な栗と甘栗を交配させたら、一年に四回花が咲く栗が生まれました。四回目は霜にやられて駄目だけど、三回目までは立派な栗がなる。しかも、非常に甘い栗がなる。品種を確定するには、何回も何回も選抜を繰り返して、大体平均すると20年位かかるそうです。そうして生まれた四万十甘栗というのは、下の方がいがで実がなっているのですが上の方はまだ花が咲いているという面白い栗です。この栗を食べた人は「わー、おいしい」って言うので、間違いなくリピーターになって、毎年毎年注文している。一般消費者だけじゃなくて、お菓子の会社とかでしょうね、できたら全部引き取りたいということで、大変農業経営としてはうまくいっています。

農業の中でも果樹の経営は酪農と同様、旅行にも出られないという嘆きを耳にするぐらい大変で、仕事としては決して楽じゃない。そこで、その方に農業というものに対して、どういう感想を持っているか聞いたところ、「お金が欲しいだけでこの栗を作ってるんだったら私は辞めます。周りを見ているともっと楽なことで沢山のお金を稼いでる人が一杯いる。しかし、農業には研究というとてつもなく楽しい分野があるんですよ。これをこういう風にやったら来年どういう栗がなるかなとか、そういう研究という本当に奥の深い楽しい世界があるから私は農業から離れられません。いくらでも農業の世界にどんどん突き進みたい。しかも相手が生き物ですから、こちらの努力に応えてくれるんです」と仰っていました。多くの農業者の方から耳にするあの愚痴は全部もっともなんですが、研究が面白いから辞められないという方とは、基本的にスタンスが違うなと思います。お米の世界にだって研究っていうのはあると思うんです。だから言われた通りに余り感動もなくやっている米作り、それは僕は辛いだろうと思います。

秋田県の八郎潟に面白いお米作りをしている人がいて、余り面白いので節々に一年通いました。この人は、ある時汽車の窓から山を見ていたら立派な松の木が生えていて、人間が手をかけてやらないのに、あんなに力強くすごい存在感を持っている。あの松みたいな稲を作ることは出来ないかと思い、その事に挑戦して、今やある世界を持ってやっています。その方が言うには「本当だったら、途中で枯れてお米なんかならないはずの稲が、化学肥料と農薬のおかげで無理矢理大人の稲になっている。こういう稲には本当においしいお米は出来ない。私の米作りは目標がはっきりしており、どこの米と競争しても負けないおいしいお米を作りたい。そのために手間をかけて苗代を作り、丈夫な苗を育て、しっかり根が生えるよう深めに田植えする。それから追肥というものをしません。それ以外にもまだ独特なことを、いろいろなことをやっていました。とにかく田んぼが好きで暇があれば田んぼ行って稲を見ながら歩いているのです。いい天気が続いた年のことですが、稲を間引き始めたのです。なぜかと聞くと「お米の味はイコール田んぼの味で、地面だから量が決まってる。お米の味っていうのはその田んぼの味をお米の粒数で割ったものである。一般農家で大体一反当たり10俵取れますが、米が一番美味いのは6俵だ。しかし、反当たり6俵じゃとんでもない値段になる。経済的なことも含めて考えた結果、到達したのは反当たり8俵。だから多く収穫できそうだったら間引きをする。稲も風通しを良くすれば変な病気にならず、変な虫も付かない」と仰います。やっぱり農業も目標をはっきり決め、志を立てればこの世に存在することが出来るのではないか。

【生産者と消費者の距離がカギ】

だけど、その事を支えてあげるのは結局消費者じゃないですか。消費者がそのことを分かってきちんと応援してあげれば、僕は志のある農業っていうものがちゃんと日本に定着するのじゃないかと思うのです。今の都会に住んでる人は全く農業とふれ合う機会がない。あまりにも生産者と消費者の距離が遠すぎる。これが農業を衰退させている一番大きな原因じゃないかなと思います。農業者に是非とも志を持って頂きたいと言いましたけれど、やっぱり消費者がそれを支えないと志を持ち続けることは非常に難しいです。消費者も勉強し、生産者の方からもきちんと魅力的な形の情報を流すべきだと思っています。そのためには、例えば旅行ですが、観光ポイントだけ見て帰るのは本当にもったいない。目の前に田んぼも畑もあるのだから、うんちくを聞きかじり出来るような接点を作る事が出来ないか。農業者と消費者の間でそういう接点を作る。「うんちく観光」なんて名前付けてもいいでしょう。結構聞きかじりっておもしろいですよ。行った先で聞きかじってきて、帰ってきて友達に自慢する。知ったかぶりをする。快感ですよ。だから聞きかじり観光っていうのをやったらいい。荷物にならないのですから。そんなことでも良いから遊びの要素を入れながら、きちんと生産者と消費者の間に情報が流れる関係をまず作り上げないと、農業はどんどんやる気を無くしていく気がします。やっぱり遊びの精神って大事ですよ。私はお米を食べる一方ですが、ごはんっていうとある思い込みがあるのです。その思い込みを崩すような食べ方を消費者の方から発信していく。こういう食べ方が出来るお米が作れないかとか消費者の方から発信する。すごくおもしろいお米の食べ方って日本中にありますよ。伝統食品、ふるさと食品っていうのかな。例えば沖ノ島に焼き飯っていうのがあります。焼きおにぎりを作って、それをお茶碗の中に入れて、シソとかミョウガとかねぎとか薬味をその上にのせて、お味噌を一さじ乗っけてお茶をかける。これは、今の天皇陛下が皇太子の時に沖ノ島に行って、おかわりをしたぐらいですから、これは美味いです。宮崎とか愛媛に行くと、冷や汁とか薩摩とかいう冷たく冷やした味噌味の魚のすり身が入り、何故かこんにゃくも入った、不思議な汁があります。冷や汁とか薩摩っていうのですね。ごはん茶碗にごはんよそって汁かけて、猫飯ですよ。こぼれないように十文字の溝を入れるのです。薩摩の印でしょ、それで薩摩っていうのです。これは、夏にはまことに食が進んで、しかも食べた後が実にさっぱり爽快です。あと面白いのを思い出すと、徳島の南の方に焼き寿司っていうのがあります。宴会とか結婚式があると、前の晩に村中から主婦が集まってにぎりをこしらえるのです。山の中だから、だいたいヤマメとかイワナを使ったにぎり寿司です。これを一晩寝かして置くのです。それで、宴会の前ににぎり寿司をちょっと焦げ目が付くぐらい焼くのです。これなどは絶対お奨めです。

それから、お米をおかずにお米を食べる。学生時代にはよくやりましたよ。自分の部屋で飯ごうで飯を炊くんです。4合炊けるんですが、一合を蓋の方に取ってお醤油をじゃぶじゃぶかけてそれを電熱器で煮るんです。そうするとお米の佃煮になる。それで、白いごはんを食べる。これやってご覧なさい、美味いから。つまり、お米、ごはんはその位幅のある食べ物なのですよ。白いままで食べないといけないというのは、間違った思い込みです。もっとお米と遊んだ方がいい。お米をきちんとした食べ物として、もっと面白い食べ方ないかな、お米でお味噌汁の具や漬け物にならないかとか、いろいろ考えたらいいのです。そうすれば、お米という存在がもっと身近になるじゃないですか。だから是非とも農家の方には研究という世界の存在を知って、もっと楽しんでお米を作って、消費者はもっと楽しくお米を食べる。この二つが出来上がれば、少しは役に立てるかなと思います。日本からお米が無くなったら大変ですからね。それは食べることだけではなくて、景色としても大変、全ての文化にとって大変。がんばってお米を美味しくこれからも食べ続けたいと思います。

パネルディスカッション
テーマ:「食卓で考える日本の未来」
パネリスト(50音順)
今井 通子(医師、登山家)
東京女子医科大学卒業。同大学山岳部にて、女性パーティとして初めて谷川岳一之倉沢衝立岩〜コップ状岸壁を連続登攀。その後、女性パーティ遠征隊長としてマッターホルン北壁の世界初登攀など多くの記録を残す。現在、東京女子医科大学付属病院賢総合医療センター泌尿器科非常勤講師。


貝原 俊民(兵庫県知事)
東京大学法学部卒業。自治省に入省、兵庫県総務部地方課長、同農林部長、同副知事を経て兵庫県知事。現在4期目。税制調査会委員なども務める。




木村 尚三郎(東京大学名誉教授)
東京大学文学部西洋史学科卒業。日本女子大学助教授、東京都立大学助教授などを経て、東京大学教授に就任。平成2年定年退官し、名誉教授。静岡文化芸術大学学長も務める。主な著書に「歴史の発見」「西欧文明の原像」「耕す文化の時代」「美しい『農』の時代」などがある。


星 寛治(農業、農民詩人)
米沢興譲館高校卒業。地域の青年達とつくった有機農業グループのリーダー格。その活動は有吉佐和子の「複合汚染」でも紹介された。山形県高畠町教育委員長を務めるかたわら詩作や評論活動を続ける。農民文学誌「地下水」同人。主な著書に「農からの発想」「農業新時代一コメが地球を救う」などがある。


家森 幸男(京都大学大学院教授)
京都大学医学部卒業、同大学大学院博士課程修了。京都大学助教授、島根医科大学教授を経て、現在、京都大学大学院人間環境学研究科教授。循環器疾患予防WHO国際共同センター長も務める。高血圧の成因の研究から、脳卒中モデルの開発に成功。



コーディネーター
中村 靖彦(NHK解説委員)
東北大学文学部卒業。NHKに入局、本部教育局農事部、農林水産業務部担当部長、広島放送局放送部長を経て、現在、解説委員室・解説委員。女子栄養大学客員教授、東京農業大学非常勤講師を務める。主な著書に「ニッポン食卓新事情」「おいしいコメの本」などがある。

【ごはんを食べよう国民運動のきっかけ】
中村:ごはんを食べよう国民運動は、阪神・淡路大震災をきっかけにして始まった運動で す。今日は、この運動の生みの親である貝原兵庫県知事にパネリストとしてお出でいた だいておりますが、この運動を始めようと思われたきっかけは何だったんですか。

貝原:1月17日という晴れた寒い日でありました。寒い中、電気・ガス・水道あるいは 電話等が全然通じないという極限状態になった時に、人間は生きることの根源的に大切 なものは何であるのか、或いは誤魔化しのものは何であるのかという事が良く見えたよ うに思います。そして、ボランティアの皆様方から炊き出しを受け、あの凍えるような 寒さの中で温かいおむすびをいただいた時に、こんなに有難いことはないという感謝の 気持ちで一杯になりました。ひるがえって今までの生活を見ると、このように大切で有 難いことを自分たち自身大切にしてきたのかどうか、このことに深い反省を感じました。 そこで、多くの被災者のそのような声を受け、兵庫県民全体が、もう一度この生きると いうこと、また日本人にとって大切なことをもう一回再認識しようではないかという呼 びかけを始めました。幸い本日ご出席の木村先生を始め、特に消費者団体、女性の皆様 方からご賛同をいただきまして、これは全国運動とすべきではないかというような形で 今日を迎えたところです。

【ごはんについての思い】
中村:それでは最初に、パネリストの方々から「ごはん」についての思いや印象的なエピソード等について一言ずつお話をいただきたいと思います。

家森:震災の時に体の栄養だけでなく、心の栄養にもなったという「ごはん」は、本当にすばらしいものですね。実はごはんというのは、日本人の世界一の平均寿命を支えているもっとも大事な食べものともいえるのですね。WHO世界保健機関が、健康寿命というのを最近打ち出しておりますが、障害のない寿命は日本が74.5歳で一位となっています。私ども世界中を調査して、ごはんの良さが初めて分かりました。ごはんが大事だということが分かりましたのは、日本の中でも一番長生きをしておられる沖縄の方がブラジルに行かれた。そうすると、なかなかごはんが食べられなくなった。ところがハワイに行かれた方はごはんを食べられた。その結果、ブラジルに行かれた方は17年も 短命になって、ハワイに行かれた方は1980年代に既に今の日本人の世界一の長寿に達せられた。そんなことを考えましても、日本人にとってはごはんというのは大事だと いうことだと思います。

今井:山口県の宇部に行った時にお聞きしたのですが、教育委員会が小・中学生にアンケートを採ったら、朝ごはんを食べていますが、実際にはいわゆる主食も含めてごはんと は言えないようなものが多いということでした。このことを知った女性の方が「私リタイアしたら、ボランティアで毎日おむすびを一杯握って学校に持って行ってやりたい」って仰ったということでした。これは良いなと思いましたが、費用がかかります。そこで思ったのですが、木のために緑の羽根があり、日赤がやっている赤い羽根の共同募金があります。それじゃ白い羽根を作ってごはんのための募金をする。そうすると、学校などに炊き出しをするボランティア活動が日常的にでき、普段から活動していると災害 時などでは、その経験が生かされすごく良いと思い、最近何となく白い羽根みたいなのが頭の中にあります。

星:田畑、果樹園あわせて3ヘクタール位耕している現役の農民です。農業に就いてから 46年経ちましたが、稲作は一年にたった一回ですから、まだ46回しか経験していません。スピードとか効率とはずいぶん遠い営みを営々としてつんできたわけです。しかし、たくさんの方々の命と健康を支える大事な仕事だと思って参りましたし、最近は環境とか景観をしっかり守るという役割もあると考え、誇りを持って取り組んでいるところです。そういう農業とか山仕事などは、パンや麺ではだめで、やはりごはんをしっか り食べないと続きませんね。

木村:おむすびを食べると自然に笑顔が浮かんで会話が弾みます。これが銘々膳だと暗い食べ方になってしまいます。おむすびですとまさに心と心が結ばれます。宗教を英語で レリジョンといいますが、この言葉は結び合わせるとかバラバラになったものを再び集めるという意味です。ごはんやおむすびはまさに日本人にとって心の結び合い、宗教というような意味を本来持ってきたのではないかと思っています。

【米の素晴らしさ】
中村:それぞれのお立場で、ごはんとの関わりや印象的な思い出などをお話いただきました。日本人が食べるお米の量は年々減り、昭和37年には年間一人118Kg食べていましたが、今日では65Kg、大体半分となっています。米の消費量が減ってきた背景を簡 単に言えば、他の物がたくさん出まわり、その分お米の消費量が減ったという事です。それでは、まず最初に今なぜごはんなのか。ごはんの良さというのは何なのか。
お医者さんとして今井さんはどのような感想をお持ちですか。

今井:実は米っていうのは、ものすごく効率のいい、しかもアミノ酸という人間が体の中で作れない良質のタンパクを持っている食べ物で、例えばおかずをそれほど食べなくても、米を食べるとある程度栄養バランスが取れます。ところが、欧米化したのか、おかずが一杯あるほうが豪華みたいな思い、カロリーオーバーにならないためにお米を少なくするのですね。ご飯を増やしたほうが健康にはいいと思います。

中村:特に若い女性は、ご飯はどうも太りそうだという印象があるみたいですね。

家森:これはとんでもない間違いです。ご飯を食べているとお腹が良く持ちます。ご飯でないとすぐおなかが減り、そうするとまた何か食べないといけない。間食が多くなる。 間食はだいたい糖分が多く、これが太る原因です。だから逆なんです。

中村:本当は逆なんですね。星さん実際にお米を作っておられて、どうお感じになってますか。

星:せっかく汗水流して作った米ですから、たくさん食べていただきたいという気持ちは 人一倍強いんですが、たまに外国に行きますと日本の若者が後姿から見ても日本人だと わかるのですね。それは、なんとなくふらついていて、漂っているような感じがするの です。今までの先生方のお話を伺ってやっぱりご飯を食べなくなったということと生き る根っこみたいなものを次第に失いつつあるということの関連があるのじゃないかなと いう風に思います。

中村:平成12年の春に食生活指針が、農水省、厚生省、文部省の三省共同発表という形で出ました。全部で10項目あるんですが、その一つに「主食とか主菜、副菜を基本に してバランスをとって食べましょう」とあり、ここで大事なのが「ごはんなどの穀類を しっかりとりましょう」とあります。これには、その国の最も基本的な食べ物をまず中心に据えたらどうでしょうという気持ちが込められています。

家森:これは大変いいことを言っています。パンを食べる国々ではパンは決して主食じゃなく、本当に添え物なんですね。ところが日本ではごはんという主食があって、そして、主菜・副菜という食べ方をします。このことが実は日本人の世界一の平均寿命を支えているということが、私ども15年かけて世界60地域を歩いて調査をした結果分かりました。カロリーの半分以上を複合炭水化物で採ってる先進国の国民は日本だけなんです。心臓死は一番寿命を短くしますが、日本は伝統的に少なく今でも少ない。多少コレステロールが上がってきても、年齢で調整しますと心臓死はむしろ少なくなってる位です。もちろん医療が進んだということもありますが、世界的にも非常に不思議な現象です。これはごはんという主食があり、それでカロリーの半分以上を取っているからです。そして、ごはんとよく合うのが魚、大豆、海草で、ほかの国々の人があまり食べていないものですが、日本人だったら毎日でも食べられる。パンと焼き魚や豆腐というわけにはいきません。

中村:星さんはごはんの良さということで何かご経験がありますか。

星:何よりもお米は保存がきくというのが非常に大きな特徴で、粉にしないで粒のまま食べられるという特徴があります。もう一つ機能性が非常に豊かであるということも最近 は良く指摘されるようになりました。私は生産者の立場で米、あるいは米を生産する田んぼの機能のすばらしさみたいなものをいつも見ています。面積あたりの収量が非常に多く、人口扶養能力が高いということで、ごく近い将来に地球規模で食料がひっ迫する時代に日本が伝統的に積み上げた生産基盤と高い技術力をもって、危機の時代を救っていくような力を発揮しないといけないと思っています。また、水の持っている合理性によって連作障害がまったく出ないというのも非常に大きな特徴であり、そういう田んぼの絶妙の装置みたいなものに目を向けていく必要があるような気がします。

中村:実は今、食料自給率の向上ということも一つの国の施策として行われています。カロリーベースで40という非常に低い自給率なのですが、食生活との関連でどんな風にお考えですか。

家森:世界の長寿地域であるコーカサス、シルクロード、アンデスの山村とか沖縄などを見ますと、身近なところで本当に大事なものをちゃんと持っています。だから日本にとってはお米という最も大事なものがすぐ身近に出来ることを無視したら駄目です。そして、新鮮なもの、四季折々のものを食べるというのは日本の食生活の素晴らしいところ で、旬の物を、身近なところで食べられるようにすることが大事です。もともと日本人の食事というのはかなりバラエティに富んで四季折々のものを食べるような習慣があったわけです。自分たちできちっと自給率を高めて、本当にいいものを身近なところで作っていくことが大切だと思います。

中村:食生活の多様化は結構なことだと思いますが、そろそろ原点に帰る時期だという感 じでしょうか。

木村:
昭和36年以来の農業基本法が廃止になり、食料・農業・農村基本法が成立したわけですが、どこが一番違うかというと、かつての農業基本法は農業の近代化と農業者の 所得の向上、一般勤労者世帯並に向上させることが狙いだったわけです。今度の食料・農業・農村基本法というのは、国民すべての暮らしと命の安心と安全を確保しようと、別に農業者だけじゃなく、その安全をさらに安心のあるものにしたいという事です。冷凍技術や輸送手段が発達してますが、その土地にあるものをその土地でいただくおいしさ、これにかなうものはありません。昔からずっとその土地で作り食べてきたものには安心があります。他所から入ってきたものは一応安全かもしれませんが、安心というのがわからない。たとえ高くても、土地のものを安心して買いましょうという時期がもう目の前までやって来ているのだと思います。今までのように安ければ世界中から取り寄せれば良いという時代ではなくて、日本の農地とそこで出来た農産物をとにかく最優先させましょうという時期が訪れようとしていると思います。

【“田んぼ”の役割と機能】
星:私は生きている米作りということにこだわって若い農民たちとほぼ30年近く前から有機米づくりをずっとやってきました。生きている米というのは、適度な水と酸素と温度を加えるとモミが芽を出すという発芽能力を持っています。我々のような手作りの有機米の種籾を使いますと、2年場合によっては3年後でもちゃんと芽を出すという生命力の差みたいなのがあります。だから、おいしさと値段、栄養の問題などいろいろありますが、主食ですから何よりも安全でなければならないというのが我々の一つのバック ボーンになる考え方です。そういう米づくりが地域環境を甦らせ、保全していく機能を果たしています。

今井:12年程前に岩手県に行った時、減反政策ゆえに県内で大きな湖は別ですが、沼だとか池が40個も減ったと聞きました。人間の身体は大人でも70%が水、赤ん坊なら90%が水で出来ています。それも真水ですよね。その真水を溜めているのが、日本の場合河川とか小沼です。にもかかわらず、40個も減るともう水が守れないと思い、そこで田んぼの水がこぼれ出て沼を支え、池を支えるというシステムを考えて田んぼを皆で一緒にやろうと始めました。

中村:農業の多面的機能については、経済的な側面だけではなく、水とか景観とかそうい うものが農業の一つの大事な価値だというようなことが言われてます。

家森:田植えの時期に飛行機で日本に帰ってきた時、日本を上から見ると水没したと思えるくらいに水一杯なのですね。こんなに小さな国なのにこれだけ水を溜めれるかとビックリしました。この小さな島で水を上手く使えるのは実は田んぼがあったからなんです。また水田だと、連作障害もなく何度も繰り返して栽培できます。しかも限られた面積で そこから得られるカロリーもすごいです。私達の先祖が本当に工夫した大事な宝物であり、どんどん世界に広めるべきだと思います。

貝原:兵庫県にも日本の三大ため池地の一つである播磨地域がありますが、本当に長い間そこに住んでいる人達が現風景として作ってきたことの大切さを感じます。あるイギリスの詩人の言葉に、神は農村を作り人間が都市を作ったあります。そういった意味では、農村は本当に自然の生態系と人間の生活が調和したものとして、ずっと長い間時間をかけて作ってきましたので、安全とか安心をもたらしてくれるし、意識するとしないにかかわらず、大気の浄化機能とか、ヒートアイランドといわれるような熱を冷ます機能とか、もちろん水の浄化・保水機能とか、いろいろなものを持っている。それを長い間人 間の知恵と一緒になって作ってきている素晴らしいものだという事を痛感します。

【“米”と食文化】
中村:米作りが地域の暮らしとか文化に非常に大きな影響を及ぼしているということですね。

星:いろいろな祭とか農耕儀礼とかは、田の神と山の神を一体としてとらえて、春は五穀豊穣を願ってお参りをし、それから秋の収穫が終わった後は感謝を捧げて田の神がまた山に帰るという、そういう儀式を今でもやっているのですね。山の神講と言うんですが、水を通して田んぼと山とは不可分の関係で結ばれているということを私たちの先達は良く知っておられたのではないかなという風に思います。

中村:だんだん都会の人もそういう風習なんかについて知識がなくなってきて知らなくなってきています。何か工夫はありませんでしょうか。

木村:その土地に入って耕すことを経験すると、辛いことや喜びなどいろいろなことが分かってくるはずで、明治の人達がいい事をいろいろ考えついたのは、全身で感じ全身で考えるという農業体系があったからだと確信しています。学校だけの勉強ではとてもオリジナルな発想は出てこないので、そういう意味ではやはり21世紀は耕す時代ではな いかと思います。僕らが食べているものは決して餌じゃないので、薬でもなくて体と心とを両方養う命の糧ですから、喜びの伴わない農産物をただ頂くだけという時代ではないと思います。

家森:アフリカなどにも日本は食料援助していますが、援助するときに減反政策で空いている田んぼがあるじゃないですか。小学生が稲を植え、出来たものを粉にして、食べやすい形にしてアフリカに送ったという話があります。食を通じてお互い助け合う、ものすごく大事なことです。そして、食を大事にするということを子供の時から教えていかないといけない。日本人の健康というのはごはんを中心とした素晴らしい食事によっています。このことを、子供達に教え込んでいかないと駄目だと思います。

貝原:
21世紀、いろいろな不安を私達感じているわけですが、少なくとも市民農園という形でもいいので、都市住民も農村地域に何らかの形で関わりをもって、今はやりの言葉でいうとアグリライフという言葉がありますが、農との関わりをもって生活をしていくということが、安全とか安心につながるのではないでしょうか。

【国民へのメッセージ】
中村:それでは最後になりましたが、パネリストの方々から一言ずつメッセージを頂いて終わりにしたいと思います。

木村:私は日本の将来に大きな期待と希望をもっています。いかに洋食が発達したといっても、夕食を自分のうちでナイフとフォークで食べている家は少ないと思います。やっぱり箸で召し上がっているはずです。箸を中心としたお米の文化というのは変わらないだろうと思うのです。お米を中心とした耕作をしますと、人と人との輪ができ、人と自 然とのいい関係が生まれ、先祖の知恵も生かしていかないといけないんで、人と先祖とのいい関係も生まれるわけです。人と人、人と自然、人と歴史、この三つの中の愛と共生の中に生きるというのが、21世紀私達にとっての一番大きな安心と安全ではないか と思っています。

星:やや情緒的になりますが、稲の実りの色合いに金色を与えてくれたというのは、造物主の意思のようなものを感じます。最高の色を稲に与えてくれました。イギリスの写真家のジョニー・ハイマーさんは30年日本に定住してひたすら田んぼの写真を撮り続けておられますが、日本の田んぼは国の宝であると仰ってます。その国宝をこれから失うことなく地域住民と都市の皆さんと力を合わせて守りつつ、次の世代にちゃんと渡して いきたい、そんな風に思います。

今井:人間は五感で物を観ているわけです。例えば香りがしてくるとか目で見ておいしそう、それから唾液が出てきて胃が準備してごはんを食べる。ところが昨今は香りも感じない、目でもあまり見ないうちに何だか分からないものを食べてしまう。お腹が空いたか空いていないか分からず、いわゆる食欲中枢の部分がちゃんと働かないのに舌の刺激だけで食べる人たちが増えています。それは、おいしさを感じたイメージが少ないからだと思うのです。さらに、例えば田んぼに行ってぐっちゃぐちゃの所をジュッポーとかいって足抜いたとかいう思い出や、野菜を作った思い出とか、魚を釣った思い出とか何でもいいですので、そういうものが頭の中にあれば、そういうイメージを頭の中で見ながら、例えばごはんを食べるときに田んぼの景色が浮いてくるので、それで脳が五感を働かせてごはんをおいしく食べさせてくれるのだと思うのです。ということで、私は脳は農が作ると思います。

家森:21世紀は少子高齢社会ということで大変だと言われているのですが、大変なのは高齢者がいかに元気であるかどうかということが問題なのです。寝たきりとか痴呆の方が多くなってはいけない。この原因は生活習慣病にあります。20世紀は西洋の食文化が世界に広がりました。それで開発途上国を含めて生活習慣病がものすごく多くなり、ますます高齢者の健康が害されました。救いの鍵はやはり日本食、東洋の食なんです。そして日本食もごはんが大事ですが、世界に広げるためには伝統的に粉食で粒を食べる習慣のない国もあります。だから粉にしてごはんを差し上げたら喜んで食べられる可能性もあります。東洋の特に日本の食を世界の長寿食にしたいと思っております。

貝原:
米を作るということは生産者一人では出来ません。棚田からずっと平野の水田の方に流れてきた水を皆で使って農業をし、無農薬といっても、隣で農薬を使っていたら飛んできて出来ない。農というのは全体の調和、皆が心を合わせて作業をするという和の文化だと思います。高齢化社会における福祉や地球規模での環境が大切だと言っても、こういう事は誰かが責任を持ってやっても解決できない、みんなで心掛けなければ解決できないことで、私は米を作る原点である和の文化というのが、21世紀において大変大切なことになっていくのではないかと思います。そういった意味で日本の文化を日本人自身が大切にしていくために、私たちは責任を持って行動する必要があると思います。

中村:最後に一言だけ感想めいた事を申し上げたいと思います。ある料理研究家の方にお話を伺ったんですが、とにかく子供達が箸をちゃんと持てない。箸が少しも上手く持てなくて、実はその料理研究家も小さい時に一週間か10日くらい親に教えられて涙まで流しながら箸をきちんと持てるように躾られた。今はそういうことはしません。食文化以前の問題ですというようなことを言われました。そういう社会環境の中で行われている「ごはんを食べよう国民運動」、これはそういうことから考えると非常に意味のあることだと思います。どこの国でもその国で取れるものを軸にして食生活をする。日本は今いろいろな物を食べています。しかし、それは確かに多様化という意味では幸せだった面もありますが、いつまでもそういうことが出来るかどうかわからない。そうなると、 日本の本来の基本的な食料である「ごはん」「米」というものを、この際きちんと見据えてやって行く必要があるのではないかということを私自身もしみじみと感じております。今日の話し合いは、様々なお立場の方からごはんの良さを健康面、栄養面そして文化の面、そして農村の暮らしの面そういうところからご意見を頂きました。誠にありがとうございました。


戻る

【 ごはんを食べよう国民運動推進協議会】